直がどんな話をするのか。


朝、目覚めてから菜月の関心はそれだった。

あまり考えたくなかったが、そうもいかない。

数時間後には直と会うのだ。


直は恋人関係の継続を望むのか。それとも拒絶か。


自分はどうなのか。直と恋人になることはできない。

できることならこのまま、先輩後輩、友達の関係でいたい。それが今の気持ち。

しかし〈恋人の菜月〉を知る直と、友達でいられるのか。


それは直次第だと考えていた。自分は、交際の記録を気にしなければいい。

メッセージの内容は、今までの直とのやり取りとあまり大差ない。

ただ菜月がより親しげに、楽しそうにしているという印象。

意識しなければ、すぐ忘れてしまおうとすればできないこともない。

今の菜月は知らない。二人の空気、親しさ、想いを。残されたメッセージや写真を見て想像しただけ。


忘れること。けれど直はそれを許してくれるのか。


二人の交際の事実を積極的に否定したいわけじゃない。二人の絆は真実。でも、自分はそれを引き継げない。

コピーは本人じゃない。今の私は〈恋人の菜月〉じゃない。

じゃあ今の私は何なのか。コピーとはなんなのか。

新しい、別の私なのか。コピー。本人であり、またそうではない。

どんな存在か、その価値を作り出すのもコピー次第だという。コピー肯定派、コピー自身の言葉。


でも、そこまで直と付き合うのが嫌なのか?

今は考えられない。時間がほしい。青音市での生活、表層スキャン、学校のこともある。


〈空白〉がここまで空いていなければ、と思う。

少しでも付き合っている記憶があれば、直がまた付き合いたい、と言ってきたときに同意したかもしれない。

でも仕方がない。その記憶はない。

自分の返答で、直がコピーそのものを拒絶するかも。そもそも直はコピー否定派かもしれない。

〈空白〉の間のメッセージを探しても、二人にコピーの話題はなかった。どんなふうに考えているのか。


〈空白〉を埋めるコピーの実話や物語を調べる。

〈空白〉の出来事を、自分を継続する為に受け入れるか。それとも拒絶し、新しい自分として生きるか。

拒絶して相手と仲が悪くなっても、仲直りする場合もある。それもコピー次第。


直に対して、今、どんな感情があるのか。

気まずさはあるかもしれない。けれど嫌いか? 嫌いではない。

自分のどこが好きになったのか聞いてみたかった。

それに付き合った理由がその場の勢い、ということも確かめたかった。本当にそうなのか。自分の想い人はどうなったのか。


理由らしきものは、見つけた。

端末にあるアイデアメモ。思いついたキャラクターや物語のアイデアを書き連ねたもの。

その中に、想い人に振られ、傷ついたところに別の人から告白され、受け入れる女性というものがあった。

保存日時は八月三日。菜月が人格保存した二日後。

そして直に告白され、その後にメモしたアイデア。

自分は想い人に告白したのだろうか。そして振られた。

そんなことがあれば楓にも話しているはず。その場の勢いとは言わないはず。

いや、楓に対して見栄を張って嘘をついたのかもしれない。可能性はある。

直は知っているのだろうか。聞けば教えてくれるのか。

アイデアメモのことを話したら、どうなるだろう?

振られたところに直から告白されて、OKした。それを聞かされていい気持ちはしないだろう。

藪蛇かもしれない。二人の絆を台無しにするかも。


亡くなった自分のことを、思いやっているの? もういない菜月のことを。二人の絆を大切にしたいと?


二人。そう。直と、恋人の菜月。

二人の事で、自分は蚊帳の外だ。

コピーがそれを知る権利はあるのか。関わる権利は?


直と会って、何を話す?

気まずくなることは間違いない。

自分には付き合うつもりはないこと。

もしそれで直がコピーの存在を認めなくなっても、仕方がない。


でもまずは、直がどう考えているか聞こう。


考えれば考えるだけ不安が増してくるようで、いても立ってもいられなくなり、部屋を歩き回ったり、頭を抱えた。

だが菜月がどうあがいても時間は過ぎる。

直と面会の時間は刻一刻と迫っていた。


午後1時。〈再会の部屋〉は、楓と再会した時と同じ自然の中にした。

椅子に座り、やってくる方向を菜月は見る。


直が歩いてきた。

菜月の姿を見て固まる直。

立ち上がる菜月。


「やぁ」


菜月から声をかけた。普段通りに振る舞おうとした。

直は黙って俯く。目を閉じて深呼吸している。内なる葛藤に耐えているよう。


「菜月先輩」


顔を上げてそう呼ぶ。今までは「港先輩」だったのに。

付き合って時はからはそう呼んでいたのだろうか。


「びっくりしたよ。直君とあんなふうになってるなんて」


「そうですね」


「えっと……」


楓の時のようにはいかなかった。なかなか言葉を切り出せない。


「私とのことなんだけど、直君はどうしたい?」


会う前に決めたように、まず聞いた。


「わかりません」


予想外の言葉だった。

けれどそれも仕方ない。わからないのは自分も同じ。

直は言葉を続ける。


「僕には祖父がいます。コピーの。今でもたまに会って話をします。話しているときは、祖父です。けど話が終わってから、AI人工知能なんだって考えます。コピーはAI人工知能。でも、本人でもある」


直が菜月を見据える。


「菜月先輩のことをどう見ていけるかどうか、わからないです。でも、このまま終わりにしたくない」


終わりにしたくない。それは友達を? 恋人を? どちらだろうか。


「わ、私も、どうすればいいかわかんない。できれば今まで通りでいたい。その、友達として」


言葉に出して意思表示した。

友達として。

それはつまり、付き合えないということ。

〈恋人の菜月〉を引き継げないということ


「はい。僕もそうします」


菜月の意志を肯定する。直はそのつもりだった。


「ごめん」 


菜月は謝った。埋め合わせができないこと、〈恋人の菜月〉を引き継げないことを。



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