15センチのハートの魔法
伝心
短編読み切り
ベッドに入る前の、ささやかな女の子同士の秘密の会話。
「15センチのハートの魔法って知ってる?」
「なにそれ? おまじない?」
「そう、おまじない
素直になれる恋のおまじない
やり方は簡単
好きな人に自分と同じブレスレットを左右逆につけて貰うだけ
あとはブレスレットを付けた手どうしで握り合って思いを伝えるだけ
それだけで恋が叶っちゃう不思議なおまじない」
「なにそれ
手を握るだけでも相当ハードル高くない?
ってか、手を握れる関係なだけでもう恋人みたいなもんじゃないの?」
「そんなわけないでしょ
これは素直になれるおまじないなの
手を握るだけなら恋人じゃなくて友達でも出来るじゃん?
だから、これは友達から恋人になりたい人の為のとっておきの魔法なの」
「ふーん、で、それのどこらへんがハートの魔法なの?」
「わかりにくいかー
じゃあ試しに私と握手してみて?」
「うん」
「で、私とアンタの手首の先のカタチ、どうなってる?」
「あ。ハートになってる」
「わかった?
大事なのはブレスレットだよ
ブレスレットの間15センチ
その手と手が魔法の掛かったハートになるんだからね?」
「これ、アンタの分
アイツには明日のお祭りで私から渡しておくから、アンタはそれつけて告りなさい」
「うわぁ、素敵。先輩によく似合いそう……でも……」
「でも、じゃないの
私はアンタの恋が絶対叶うように、ちゃんとアイツにブレスレット外すなよって言っておくから」
「最後に二人きりになったら、魔法を信じて素直に言うんだよ?」
「本当に、それでいいの? ……お姉ちゃん」
「いいに決まってるって
絶対成功するからっ
だから、ね?」
「うん、わかった」
「あのね、お姉ちゃん一個だけお願いしてもいい?」
「どしたの?」
「明日、その時になったら、隠れててもいいから近くにいてくれないかな?」
「しょーがないなぁ
いいよ」
「ありがとう!」
「じゃあ、明日ね」
「はーい。明日ね……お姉ちゃん」
次の日の夕方。
夕日が沈みかけて、濃紺の空にうっすらと橙の影が消えるころ。
カラコロと、下駄を鳴らして歩く甚平姿の少年が、大して着飾りもしない私に向って歩いてくる。
「よお、お待たせ。あれ、妹ちゃんは一緒じゃねぇのか?」
「後で来るわよ
それより、渡すものがあるんだけど」
素直になれる魔法。
2つで一つのブレスレット。
その片方を甚平姿の少年へ私は差し出した。
もう片方は昨日、妹に持たせてある。
当然、2つで一つなのだから私の分はない。
「おー、なにこれブレスレット? 俺にくれんの? どういう風の吹き回し?」
「別に私からのプレゼントってわけじゃないわよ」
「じゃあ、誰からだよ?」
「別にそんなのどうでもいいでしょっ
とにかく、今日はずっとそれ付けてて。いい?」
「……まぁ、別にダサいもんでもないし、いいけど」
今日一日、ちゃんとつけて貰う為に選んだんだもの。
変なものなんて渡せるわけないじゃない。
その為にバイトして二人の為に良いもの買ったんだから。
「で、どうすんだ? 妹ちゃんがまだ来れないなら、先に俺たちだけ行くか?」
「そうね、いこっか」
今夜。
この魔法が成功したら。
妹とコイツは友達から恋人になる。
そしたら、もう今までみたいには3人では遊べない。
だって、私がいたらお邪魔虫じゃん?
だから、今日くらいはめいっぱい遊んでもいいよね。
「特別に、今日は私に出店をオゴル権利をあげるわよ」
「そんな権利いらねぇっつの」
「つか、お前、最近バイトしてなかったか? 金ないのか?」
コイツ、時々だけどこういう変に勘のいい時があるのよね。
決まって、あんまり勘繰られたくない方向に。
「うるさいわね! なんだっていいでしょ
……今日くらい、オゴんなさいよ……」
「しゃあねぇなぁ、んじゃあ景気よく散財しますかー」
「よっしゃっ 遠慮しないわよ?」
「げ。ちょっとは遠慮してくれると財布に優しいんだけどな」
「残念だったわね。私は優しくないのよー特にアンタの財布にはねっ」
「わかったわかった。中身全部持って行けよもう」
「悪いわねーじゃあ何食べよっかなぁ」
「俺は鉄板焼きのチキンが食べたい」
「私は……じゃあ、たこ焼きっ」
「なら、さっさと行こう。行列が出来ちまったら面倒だ」
「はーいっ
お財布様お供しますー」
「調子のいい奴ー」
それから、まるで私は焦るように夏祭りの会場に駆け込んで。
夢中でコイツと二人で遊んだ。
「ちょっ……それ絶対無理だってっ」
「そんなのやってみなくちゃわかんないわかんない、でしょっ」
ポンっと小気味よい音を立てて円柱形の小さなコルクが空気に押し出されて一直線に。
後に続いてコっ……と頼りなく響く音と共に落ちるコルク玉。
「ほれみろ。やっぱありゃあ無理だって。落とせるようには置いてねぇよ」
「だって、欲しかったんだもんっちゃんと当たったの見たでしょ? インチキよあんなのっ」
「射的ってのは、コルク鉄砲のレンタル料みたいなもんで
真ん中とかの、いかにも取りやすそうな小さなお菓子とか狙うもんなんだよ
決してVRゴーグルとかあからさまに赤字覚悟な景品は落とせないのっ」
「あーもう、悔しいっ」
「つーかさ、当たったところで、両手いっぱいのその食べもん持ったまま
どうやって持って帰る気だったんだ?」
「それは、アンタが持ってくれるわよ」
「俺は許可した覚えはない」
「いいじゃないっそんなケチだと彼女できないんだからね? ……あ」
そうじゃない。
コイツにはもう彼女が出来るんだっけ。
これからは、そうそう私の我儘なんて聞けないよね。
「どうした?」
「んーん。なんでもないっ
あ、次あれやろうっ金魚すくい」
「だからっ、手荷物増えるもんやってどうすんだよっ
俺は持ってやらないぞー」
「いいわよっ、これからは私が一人で持つからーっ」
これでいいのよ。
だから、もう少しだけ。
一緒に遊んで、ください。
「あ、メッセージが来た」
「誰からだ?」
「アンタはいーのっ
ちょっと待ってて」
送り主は妹だった。
ようやくコッチについたらしい。
いよいよ……か。
私はコイツに言わなくてはならない。
「……ねえ」
「なんだよ」
「ちょっとさ、神社の境内で待っててくれない?
今日ね、アンタに大事な話があるって子がいるの」
「大事な話ってなんだよ。つか、今日はなんかお前変だぞ」
「へ、変じゃないわよっ
いつも通りよっ」
そう、いつもの私。
のはず。
でも、ちょっとだけ……
寂しいのかもしれない。
「訳は後でちゃんとわかるからっ
アンタは大人しく神社の境内で待ってなさいっ」
私は捲し立てるように言いながら。
妹を迎えに行くためにその場から……
……逃げ出した。
「っんだよ……調子狂うなぁ
後でお前も来いよーっ!」
「はいはいっ後でねー」
会場の入り口まで走って。
妹を探す。
雪崩れる人込みの中を溺れるように泳ぎ渡って。
遠くから、ぺたぺたと着慣れない浴衣で一生懸命に走ってくる妹をようやく見つけた。
「おねえちゃーんっ」
「やっと来たわね」
「ご、ごめんね遅くなっちゃって」
「お母さんに着付けして貰ってたらもう真っ暗だし、人がいっぱいで迷っちゃうし」
「いいよいいよ、さっきメール見たし、アイツは神社の境内で待たせてるからさ
さっさと行って告っといで
ちょうど、もうすぐ花火も上がる時間だし、シチュもサイコーだよ」
もう完全に空は暗がり、星空となっている。
夏祭り恒例の花火大会も、もうすぐだ。
「あ、もしかして時間ねらった? やるわねー」
「そんなお姉ちゃんみたいに器用じゃないよう」
「あはは、そっかそっか、そうだね、アンタのそういう不器用なとこが可愛いんだよ
……それに、浴衣もスッゴイ似合ってる
これならアイツじゃなくてもイチコロだわ」
「んもう、お姉ちゃんそういう事言うのやめてよー」
「はいはい、お姉ちゃんが悪うございました
て、ほらほら本当に時間ないよ」
「う、うん行ってくるね
それと……」
「あーわかってるわかってる隠れて近くにいればいいんでしょう?」
「絶対だよ?」
「あいよ。約束」
「……じゃあ、行ってきます」
「うん……行っといでっ」
妹の駆け出す背中を見送りながら。
「……ま、約束だものね」
半ば追いつめられるように。
遠回りで神社の境内に向かう。
……一人で歩く出店の行列は、なんだか急に味気なくて。
さっきまでは胸が躍るほどの明かりも活気も、全てがモザイクのようだ。
「来年のお祭りは、もう来なくてもいいかなぁ……」
ぼんやりと。
いつの間にか止まっていた私の耳にアナウンスが流れる。
『15分後に花火が打ち上げられます。皆さま、今年の夜空を存分にお楽しみくださいませ。なお……』
「やばい、急がなくちゃ」
私は境内の裏手へ向かって再び走り出す。
そのころ。
「お、お待たせしてごめんなさいっ先輩」
「ああ、妹ちゃんか
もしかして、ここで待ってて欲しい人がいるって妹ちゃんだったの?」
「う、うん……いえっはいっ」
「話したいことがあるって事だけど、なに?」
「それは、その……せ、先輩っブレスレット
ブレスレット……付けて、くれてますか?」
「ん? これかい?」
「そう、それですっ
わぁ、やっぱりよく似合ってますカッコいいです」
「そうかな? 自分じゃよくわかんないけど、これも妹ちゃんが?」
「そ、それは……その」
「なんかさ、人から贈り物もらうのって慣れてないっていうか
女の子からのプレゼントとか初めてだから上手く言えないけど」
どうやら、間に合ったようだ。
アイツと妹がブレスレットを見せ合ってる。
頑張って……
ちゃんと、ちゃんと。
素直に伝えるんだよっ。
とっておきの魔法なんだからね。
「ありがとうな」
「いえっそんな、それにそれは……」
「それは?」
私は音を立てずに少しだけ近くの木に隠れる。
ここなら。
花火を見るために人がいない今なら、この距離でも会話が聞こえるだろう。
……聞く必要なんて、聞く資格も、ないくせに。
「……あの、先輩っ
手……繋いでくれませんか?」
「手? いいけど……」
「あ、ごめんなさい、そっちのブレスレット付けてる方の手で……」
「こっちね。はい」
妹と、アイツの繋いだ手が、15センチのハートの魔法にかかる。
「手、大きいですね……」
「そ、そうかな……なんかちょっと気恥ずかしいね」
「そう、ですね
でも、これは魔法なんです」
「魔法?」
「はい」
「素直になれるハートの魔法で、ブレスレットとブレスレットの間の短い15センチがこの魔法なんです」
頭を掻く仕草。
アイツが困ったときによくやる仕草。
「えっと……やっぱり、そういうこと、なんだろうな
でも、妹ちゃん、俺……」
「わかってますっ」
大丈夫よ。
きっと大丈夫。
魔法を、信じて。
「だから、素直に……素直にちゃんと、全部、言いますので
その……このまま聞いてくれませんか?」
「ん。わかった」
「ずっと、ずっとお姉ちゃんにくっついて先輩のこと見てきました
わたしは人としゃべるのが苦手であんまり友達もいなかったですし
クラスの子に虐められてて泣いてた時に助けに来てくれた時の先輩は
すごくカッコよくて、まるでわたしの王子様だと思ったんです」
「俺は、そんな……王子様なんて柄じゃないよ」
「そんなことないですっ
出会ったのはまだ、わたしもお姉ちゃんも、先輩も小さかったけど
どんどん先輩大きくなって、それから……どんどんイケメンになって
同じくらいお姉ちゃんも綺麗になって
わたしだけ、置いてけぼりになるんじゃないかって
すごく怖かった時もありました」
「妹ちゃんも、すごく可愛くなったよ
浴衣もすごく似合ってるし」
「か、かわいくなんて、ない、ですっ……
でも、その……
ちょっとだけ、ううんと……ごめんさい、本当は
すごく嬉しい、です
嬉しいですけど、先輩の……
その、そういう優しいとこ、悪いとこだなってちょっと思います」
「だ、ダメだったか。そっか
正直な気持ちで褒めたつもりだったんだけど」
「それが悪いんですっ
悪気なんかなくても、そうやって
相手が喜ぶことばっかり言って……
だからわたしも……
あ……ごめんなさい、こんなこと言うつもりじゃなかったんですけど」
「いいよいいよ、確かに八方美人ぽくて嫌な奴だったかもな俺」
「それは、その……これからは、勘違いとか
誰かにされても困りますので、反省……してください」
「ああ。そうするよ」
「だから……これから言うことは、これまでのわたしと
これからの、わたしの
本当の
本当の気持ちです
大好きな人たちへの
本当の、素直な言葉です
うまく、言えないかもですけど……」
大きく。
震える喉をいっぱいに広げて、大きく。
大きく深呼吸をする。
「……素直に、言います
わたしは……先輩が好きです
優しいところも
笑顔が素敵なところも
悪気なしに、周りを引っ掻き回しちゃうところも
いつだったか、わたしの頭を撫でててくれた、この大きな手も
今みたいに、ちょっと困った顔も
これまでの思い出も
全部、全部全部ひっくるめて
わたしは先輩が大好きですっ」
「でも、でも…………それ以上に
私が好きな先輩はっ
わた、わたしの、好きな先輩はっ」
我慢の限界を超えた滴が、滝のように妹の目からあふれ出して。
それでも、一生懸命に。
まっすぐアイツの顔を見て。
小刻みに痙攣する喉を、それでも絞るように。
叫ぶように。
「……わたしのっ……大好きなっ、大好きなお姉ちゃんと、……一緒にい゛る時の先輩が大好きですっ」
私には。
妹が何を言い出したのか、まるで理解が出来なかった。
違う。
そうじゃない。
アンタが告白するのはそんな想いじゃないっ
「わだ、わた゛し゛……おね、お姉ちゃんも……だ、大好きでっ
二人が一緒に笑ってる顔にずっと憧れててっ
先輩が、お姉ちゃんのことすごく好きなのもわかってて
お姉ちゃんも……っ」
違う。
やめてよっっ。
私は関係ないっ!
「だから……っ、だからぁ……っ」
そっと、妹がブレスレットを外して……
それを胸に抱えて泣きじゃくる。
「ああ、妹ちゃん、わかったよ俺」
「うんっ……ぐす、ぐすっ……おねえちゃんっ」
妹が境内の、どこかを探し回るように。
そうじゃない。
多分、きっと。
絶対、私を探してる。
やめて。
お願いだから。
探さないで。
お願いだから。
私を呼ばないでっ!
「ここにきてぇっっ!!」
「おねえちゃんっっ!!」
ああ。
もう、なんでこうなっちゃうかなぁ。
私はただ、アンタたちの恋がうまくいけばいいって。
そう、思っていただけなのに。
「おねえちゃんっ!!」
私は、いてもたってもいられず、その場にしゃがみこんでしまった。
同時に、人の気配の無い境内に響く砂利の音。
「あ……」
やばい。
ここがばれた。
…………。
「よお、なんだそこにいたのかよ」
「いたわよ……」
諦めた。
私は二人の前に出る。
涙でボロボロな妹が駆け寄ってきて――
「ひっくっぐすっひっく……
おね゛ぇち゛ゃん……これ……」
――ブレスレットを私に寄越してきた。
もう、これじゃあまるで……
「なあ、お前さ、知ってるか?
ハートのブレスレットの魔法って」
「知らないわよ
それ、15センチのハートの魔法の間違いなんじゃないの?」
「ああ、うん。それなそれ。
それ、つけろよ」
「……なんでよ」
「今更それ聞くなよ。わかってんだろ?」
「わかんないわよ」
「素直じゃねぇなぁ」
「……悪い?」
「ああ、悪い。大悪党
妹ちゃんが、こんなに素直になってくれて
こんなお膳立てまでされて、さ」
わかってるわよ……本当は。
あの子が素直になって吐いた言葉。
その意味も、何もかも。
でも、それでも。
私は、怖いのよ。
往生際が悪いのよ。
認めたくないの。
「私は、別にアンタなんてなんとも思ってないわよ」
「それ、本心で言ってんのか?」
「……言ってるわよ当たり前じゃない」
「なら仮にだ
このブレスレット付けて、俺がお前に告ってもなんとも思わないんだな?」
……っ。
なんでアンタが私に告る事になんのよっ。
たった今、私の妹から告白されたばっかりじゃないっ。
妹は、ちっちゃい時から。
ずっと、ずっとずっと。
アンタの事追いかけ続けて。
今日、やっと。
想いを伝えて……
その想いにアンタが応えなくてどうすんのよっ。
「お、思わないわよ」
「だったら付けてみろよ」
「……嫌よ」
「嫌じゃないだろ」
ダメ。
きっと、これを付けちゃったら。
私は、私の大事な妹の……
一番大事な奴を奪ってしまう。
一緒に居続けた姉妹だから。
その大きな想いにも。
大きすぎる気持ちにも。
気づいてしまう。
……どっちの大きな気持ち……だっけ。
妹のアイツへの気持ち?
うん……私はそう気づいた。
じゃあ、逆に妹から見た私は……
どう、見えてたのだろう。
それはもしかして。
……やっぱり姉妹なんだなぁ。
わかっちゃうんだもんなぁ。
私と妹の目線が重なる。
「お姉ちゃん……わたしからも、お願い……ちゃんと、お姉ちゃんも素直に……」
きっと、私だけが。
私だけが気づかない振りをずっとしてたんだ。
アイツの気持ちにも。
自分の気持ちにも。
見ない振りして、都合よく解釈して。
自分だけ、逃げ続けて。
でも、怖いんだよ?
今までと関係が変わったら、どうしたらいいの?
今までと一緒じゃダメなの?
違う。
そうじゃない。
私は怖いとか、変わって欲しくないとか。
全部言い訳。
これは罰なんだ。
自分を隠し続けた罰。
変わらないものなんてない。
私も、アイツも、妹も。
踏み出す勇気がなかった私の罪。
勇気の一歩を妹に押し付けて、逃げ出した、私への。
償いは、きっと。
これからの私だ。
「……もう、わかったわよ
付けりゃいいんでしょ、つけりゃあ
ほら、つけたわよ……ってちょっと
手……握らないでよ……」
コイツの手。
握ったのってそんなに久しぶりだったかな。
そうでもないような気がするのに。
なんでだろう。
まるで、初めて握ったみたいに。
熱い。
「こうしなきゃ、魔法がかかんねぇだろうが」
「魔法なんて、そんなのデタラメに決まってんじゃない」
「デタラメかどうかは俺だって知るかよ
でも、俺は……素直に、言う」
顔が、直視できない。
いつも見慣れたはずの顔なのに。
息が苦しくなる。
胸が溺れるように重い。
耳からは心臓の音が大音量で溢れ出てきて。
コイツにも聞こえるんじゃないかって。
恥ずかしくって、繋いでないほうの手を耳に当てて誤魔化してみたけど。
妹が首を振ってその手を握ってくれる。
「俺はお前が好きだ
ガキんときからずっと、ずっとお前が大好きだ
友達以上に大好きだ
だから、俺と付き合ってくれ」
な、なによ……そんなの、ずるいわよっ。
だって、そんなの私……
そんなに真っすぐに言われたら。
もう、訳わかんなくなっちゃって。
目の前も滲んでよく見えなくなるし。
「お姉ちゃん。大丈夫だよ、ハートの魔法……絶対、大丈夫
先輩の手を、強く握って?
うん、それからねコッチのほうの手をゆっくり自分の胸に当てるんだよ」
妹が、私と繋いだ手を、そっと私の胸に返す。
耳だけじゃない。
胸からも、震える手に合わせるように。
ドクドクと心の音が聞こえる。
「それからね、目を閉じてゆっくり深呼吸して
そっと目を開けて先輩を、ちゃんと見て、思い出して?」
もう、視界もグジャグジャで、顔なんかよくわかんない。
けど、強く繋いだこの手の先にはアイツが。
多分、いつもよりも真面目な顔で立ってるんだ。
「ブレスレットが先輩によく似合ってるのも
お姉ちゃんが先輩に似合うように選んだんだよね?」
……そうよ。
今まで、ちゃんとした物なんて贈ったことなんてないもの。
これが、最初で最後だって。
そう、思ったから。
だから、バイトしてまで。
頑張って買ったんだから。
「お姉ちゃんは、先輩が好き?」
私はコイツなんて……
いっつも早弁してオカズねだってくるし。
お調子者で。
クラス違うのに無理やり文化祭の手伝いさせられたこともあったっけ。
でも優しくて。
わたしの我儘いっつも聞いてくれて……
そんなアンタが……
私は……
「私は……アンタなんて大っ嫌いよっ
妹の気持ちに応えてくれないアンタが嫌いっ
お弁当のオカズを持ってくアンタが嫌いっ
こうやって、無理やり告白してくるアンタが嫌いっ
背も高くなっちゃって、こんなに手も大きくて
いつの間にかカッコよくなって女の子にモテてるアンタが嫌いっ
知らない女子に笑いかけてるアンタが嫌いっ
気が付いたら私の中で大きくなってく気持ちが嫌いっ
嫌いっ嫌いっ嫌いっ嫌いっ
だけど、でも、一番嫌いなのは、私が、私を嫌いなのに
それでも、そんな私を好きだって言ってくれてるアンタが
大っ嫌いっ!」
「ひどい言われようだけど、でも、それって逆にさ……」
「だからっ
だから……
そんな、私でも
こんな、素直じゃない私でも
本当に、本当に好きでいてくれるなら
今もう一回だけ聞かせて欲しいの
相変わらずの我儘だけど
魔法に頼ってまで、こんな私だけど
……私の事、好きですか?」
「もちろん
そんなお前が、今までも
これからも
ずっと、ずっと
大好きだっ
お前は、俺の事……
大っ嫌いな俺の事
好きになってくれますか?」
こんなの。
こんなこと。
きっと魔法のせいだ。
素直になる魔法が。
全部悪いんだ。
だから、言います。
「嫌いだなんて嘘
ずっと、誤魔化してきたの
友達以上になるのが怖くて
妹にそういうの全部押し付けて」
掠れた喉で最後の息継ぎを。
「私は、アンタが好き
本当は、きっと
ずっと好きだった
でも、今、気持ちと向き合って解ったの
大好き……です
こんな私でよかったら
これからも、きっとどうかよろしくお願いしますっ」
「…………」
「なっ、なによ!
なんか言いなさいよっ」
「ご、ごめん、俺も、なんか、あれ
変だな、お前らからうつったかな
やべ、ちょっと……
すっげー良いとこなのに
なんも考えられなくて
でもさ、すっげー嬉しいよ俺
もうずっと、お前から
そういって貰えるの待ってた気がするし
やばい、とまんね
くっそ」
「な、泣いてんじゃないわよっ
わた、私だって、すっごい怖くて
今でも震え止まんなくてっ
てか、わかるでしょっ
手ぇ繋いでんだから!」
「わっかんねぇよっ
俺だって、震えてんだっ
お前だけ怖かったと思うなよっ
嫌いって言われたときは
俺死ぬかと思ったんだからなっ」
「うっさいっ
嫌いよっ
大っ嫌いよっ」
「また言いやがったなっ」
「うわーんっっ
先輩っ
お姉ちゃんっっ
わたしね、わたしっ
ずっと、二人にこうなって欲しかったんだよぉー」
そうだ。
妹だって、怖かったんだ。
もし、一歩間違って、私とコイツがもうこれっきりになっちゃったら。
もし、それが自分のせいで誰も幸せになれなかったら。
そんな恐怖に耐えて。
ずっと私たちを見守ってくれたり。
今日は後押しまでしてくれて。
そっと。
私は、どうしようもなく可愛くて大好きな妹を。
妹の手を。
もう片方の手で握ってあげる。
その時、まるで今、世界はこの場所だけしかないとさえ。
錯覚してしまうようなこの時から。
否応なしに、この広い世界を照らし出すように。
また、これから先の自分たちの未来が輝かしい事を訴えるように。
ちょうど花火が。
大きな音を立てて。
夜空に華を咲かせてみせた。
「なあ」
「なによ」
「俺たちさ、妹ちゃんにデッカイ貸し、つくっちまったな」
「そうね
返す宛がないくらい
おっきい借りができたわね」
「そ、そんな
借りとか
貸しとか
わたしは先輩とお姉ちゃんに素直になって欲しくて
だから……」
「主に素直じゃないのは姉の方だったけどな」
「うっさいバカっ」
「あ、じゃあさ
わたしに借りだとか
貸しだとか言うんなら
二人にお願いがあります
ていうか、先輩に……かな?」
「お、なんだよ
なんでも聞いてやるぞ」
「そういう安請け合いやめなさいよっ
さっき妹に悪いとこだって言われたばっかりじゃないっ」
「そうですよ先輩っ
でも、このお願いは絶対聞いてもらいたいです
お姉ちゃんにも」
「私も、か
いいわよ
今回は安くないお願いみたいだし」
「うん
あのね、わたしね
ずっと先輩が好きだったの
その、今更かもだけど……」
「……ごめんね
私が素直じゃないばっかりに
アンタに辛い思いさせたわよね」
「そうじゃないのっ
あのね
ずっと、お姉ちゃんと先輩が
わたしには先輩が
わたしのお兄ちゃんみたいだったの
そういう先輩が好きなの
だからね……」
「将来は、お姉ちゃんと結婚して
わたしの本当のお兄さんに
なってください」
「はぁあああ!?
無理よ無理っ
ここ、こ、こ、、コイツと
け、けけけ、けっこ……結婚なんて
まだキスだってしたことないんだし
そそ、そんなの無理っ」
「えー?
俺は全然いいぞー
お前と結婚しても
何より、妹ちゃんの頼みだ
これは断るわけにはいかないなっ」
「そういう飛躍した話は
無理だからっ
無理ったら無理
絶対無理ーっ」
「ありゃ
お姉ちゃんにはまだこの話は
早すぎちゃったか」
「そうだな
でも……」
また。
コイツは私のブレスレットを付けた手を握って。
柔らかく、笑ってこう言った。
「この先さ、今の気持ちを忘れないかったら
今日のこの魔法がずっと
ずっと先まで続いて
思い出も、もっと沢山作って
それで俺たちが今よりも
もっとずっとお互いが好きになれたら
もう一回
この『15センチのハートの魔法』で
結婚申し込んでも
いいよね」
「はいはいっ
いいと思いますっ
お姉ちゃんも
それならいいよね?」
ほんと、この魔法はずるい。
繋いだ手でお互いの体温が解るし。
隠し事が出来ない距離になっちゃうし。
なら、今日は最後の魔法。
コイツと。
妹と。
花火に。
誓います。
「もし、大人になって
それでも
こんな私が好きでいてくれるなら
その時は
私と結婚してください」
「喜んで」
そういってくれた彼に、私はどんな顔してたかな。
これは僅かな勇気の出る魔法。
ブレスレットとブレスレットの間で生まれる、小さな15センチのハートが作る。
魔法のお話し。
幸せは、本当の気持ちの先にあったという。
小さな恋のお話し。
でした。
おしまい。
15センチのハートの魔法 伝心 @den-shin
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