2.
外がほんのりと明るくなってきた。
夏は日が昇るのが早い。
朝の5時半頃になると、作業着やスーツを着たサラリーマンがおにぎりやサンドイッチを手に取ってレジに並ぶ。
みんな眠そうで、少し憂鬱そうな、面倒臭そうな表情をしている。
社会という歯車に自分を噛み合せながら、毎日を地道に刻んでいるのがわかる。
朝のコンビニにやってくるサラリーマンや学生、OLを見ると途端に社会から爪弾きにされているような気持ちになる。そして、自分の足元に真っ黒な落とし穴が潜んでいるように感じる。
会社や学校、毎朝自分の向かうべき場所があるのが羨ましい。
フリーターなんて、所詮首の皮が一枚繋がっているような生活で将来の保証も、何も無いのだから。
「お姉さん、もーちょっと弁当温めて」
中年のサラリーマンが、じとりとした目で愚痴を零した。
"もーちょっと"ってどれぐらい何だろう。
「申し訳ございません」
形だけの謝罪を述べて、突き返された弁当をレンジに放り込む。
"コンビニの店員なんて、誰にでも出来る仕事"
きっと、この人もそう思っている。
どうせ、ふらふら遊んでるんだろって思われている。
違うのに。
*
待ち望んでいた退勤時間がやってきた。制服を脱いで、身支度を整えていると店長が休憩室に入ってきた。
「小夜ちゃん、これ良かったら家に帰って食べなよ」
店長からビニール袋を受け取ると、中には弁当やおにぎり、シュークリームなどがぎっしり入っていた。
「ありがとうございます。助かります、とても」
店長はいつも廃棄になる食料を私にくれる。食費が浮くので、とても有難い。
「じゃ、お疲れ様」
「お疲れ様です。失礼します」
店長に挨拶すると、私は早足でコンビニを出て家へ向かう。
時刻はまだ朝の6時半。私の隣を自転車に乗った高校生が勢い良く通り過ぎる。私も、力一杯ペダルを漕いで、全速力で朝の町を走ってみたい。全身に風を受けるのを想像するだけで爽快な気分になる。
コンビニからアパートへの一本道は何の変わり映えのない、いつもの景色でつまらない。
何処か、見たことのないような場所へ行ってみたい。
悶々と思考を巡らせていると、アパートに着いた。が、私の足は石になったように動かなくなった。
いつもの景色と違ったものが、私の目の前にあったから。
「どうも」
彼は一言、そう言った。
長い前髪のせいで、表情がよく見えなかった。
コンビニの常連さんこと、"煙草の彼"が立っていたのだ。あの綺麗な指には煙草を挟んでいて、甘ったるい香りがした。
「猫がいたんだ、白い猫。撫でようとしたら、逃げちゃった」
彼はそう言うと、アパートの屋根を指さす。確かに、白い猫が観察するように、こちらをじっと見つめている。
「そう、ですか」
間抜けなことに、私は相槌を打つことしか出来なかった。まさか、自分のアパートの目の前で偶然にも会うなんて驚きと混乱で一杯だったのだ。
「じゃあ、また」
呆然とする私に彼はそう言うと、立ち去った。
相変わらず、長い前髪に隠れてどんな表情をしているのかはわからなかった。けれど、彼の唇の口角が微かに、弧を描いていたような気がした。
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