2.



外がほんのりと明るくなってきた。

夏は日が昇るのが早い。

朝の5時半頃になると、作業着やスーツを着たサラリーマンがおにぎりやサンドイッチを手に取ってレジに並ぶ。

みんな眠そうで、少し憂鬱そうな、面倒臭そうな表情をしている。

社会という歯車に自分を噛み合せながら、毎日を地道に刻んでいるのがわかる。

朝のコンビニにやってくるサラリーマンや学生、OLを見ると途端に社会から爪弾きにされているような気持ちになる。そして、自分の足元に真っ黒な落とし穴が潜んでいるように感じる。

会社や学校、毎朝自分の向かうべき場所があるのが羨ましい。

フリーターなんて、所詮首の皮が一枚繋がっているような生活で将来の保証も、何も無いのだから。


「お姉さん、もーちょっと弁当温めて」


中年のサラリーマンが、じとりとした目で愚痴を零した。

"もーちょっと"ってどれぐらい何だろう。


「申し訳ございません」


形だけの謝罪を述べて、突き返された弁当をレンジに放り込む。

"コンビニの店員なんて、誰にでも出来る仕事"

きっと、この人もそう思っている。

どうせ、ふらふら遊んでるんだろって思われている。

違うのに。




待ち望んでいた退勤時間がやってきた。制服を脱いで、身支度を整えていると店長が休憩室に入ってきた。


「小夜ちゃん、これ良かったら家に帰って食べなよ」


店長からビニール袋を受け取ると、中には弁当やおにぎり、シュークリームなどがぎっしり入っていた。


「ありがとうございます。助かります、とても」


店長はいつも廃棄になる食料を私にくれる。食費が浮くので、とても有難い。


「じゃ、お疲れ様」

「お疲れ様です。失礼します」


店長に挨拶すると、私は早足でコンビニを出て家へ向かう。

時刻はまだ朝の6時半。私の隣を自転車に乗った高校生が勢い良く通り過ぎる。私も、力一杯ペダルを漕いで、全速力で朝の町を走ってみたい。全身に風を受けるのを想像するだけで爽快な気分になる。

コンビニからアパートへの一本道は何の変わり映えのない、いつもの景色でつまらない。

何処か、見たことのないような場所へ行ってみたい。

悶々と思考を巡らせていると、アパートに着いた。が、私の足は石になったように動かなくなった。

いつもの景色と違ったものが、私の目の前にあったから。


「どうも」


彼は一言、そう言った。

長い前髪のせいで、表情がよく見えなかった。

コンビニの常連さんこと、"煙草の彼"が立っていたのだ。あの綺麗な指には煙草を挟んでいて、甘ったるい香りがした。


「猫がいたんだ、白い猫。撫でようとしたら、逃げちゃった」


彼はそう言うと、アパートの屋根を指さす。確かに、白い猫が観察するように、こちらをじっと見つめている。


「そう、ですか」


間抜けなことに、私は相槌を打つことしか出来なかった。まさか、自分のアパートの目の前で偶然にも会うなんて驚きと混乱で一杯だったのだ。


「じゃあ、また」


呆然とする私に彼はそう言うと、立ち去った。

相変わらず、長い前髪に隠れてどんな表情をしているのかはわからなかった。けれど、彼の唇の口角が微かに、弧を描いていたような気がした。

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