第7話

 「土御門さんが泥人形ゴーレムで、娘さんの魂が乗り移ってしまったのですか?」

 「……まぁ、半分正解かな」


 泥人形ゴーレムには、魂が宿らない。

 しかし、魂を乗り移らせることは出来る。魔女の血を引く娘が、幽体離脱して泥人形ゴーレムに乗り移っている。それが私の出した結論でした。


 しかし二つほど、まだ解けていない謎があります。だからこそ、半分正解なのでしょう。

 すべてを見透かす迷斎さんには、私の疑問もわかっていたのでしょう。丁寧ではない解説が始まりました。


 「おそらく、なぜ泥人形ゴーレムが暴れているのか?わからないのだろう?」

 「はい、わかりません」

 「それは、二つの因果が関係している。一つは、泥人形ゴーレムは放置していると暴れだす。沢山の伝承も残っているのだが、泥人形ゴーレムは放置していると暴走してしまう。まぁ、そのために、リミッターも付いているがな。他にも巨大化してしまう、なんて伝承もあるけれどな」


 泥人形ゴーレムの暴走。

 プロイセンの話に出てくる泥人形ゴーレムも、確かに暴走して見るものすべてを燃やした。そんな話があると、迷斎さんは言いました。


 「二つ目は、魂の拒否反応だ。すべてのものには、相性がある。水と油が混ざり難い様に、花粉症の様に、所謂アレルギーだな。普通の人形ならいざ知らず、泥人形ゴーレムに魂を乗り移らせたら、拒否反応があってもおかしくない。これが暴走の理由だよ」


 そう言って、迷斎さんはさえりさんの腕を、無理矢理引きちぎりました。


 「ギャアアアァァァイイィァァ」

 「こっちもだ」

 「ギャアアアァァァイイィ」


 言葉にならない悲鳴が部屋中に響き渡り、私は耳を塞ぎました。


 「迷斎さん!? 一体何を…………」

 「言っただろう?時間がないって」


 迷斎さんの屋敷を出る前にも、同じようなことを言っていました。時間がないとは、どういう意味でしょう?


 「何の時間がないのですか?」

 弁天堂。人間は、魂と身体があって存在している。従って、魂のない身体は滅びてしまう。現に、そこに転がっている娘を見てみろ」


 娘の身体は、壁にもたれたまま動こうとしない。微かに呼吸をしているだけで、衰弱していました。


 「おそらくは、あと一日ともたなかっただろう。運がいいんだか、悪いんだか。ではっと――始めるとするか」


 そう言って、迷斎さんはさえりさんの着ていた服を、すべて破り捨てました。文字通り、下着も残らずすべて。


 「何をしているのですか? 迷斎さん!?」


 エキセントリックな行動、言動の多い迷斎さんですが、これはやりすぎです。

 仮に泥人形ゴーレムとはいえ、腕をもぎ取り行動不能にするまではわかるのですが、全裸にする意味がわかりません。


 戸惑う私を気にもせず、迷斎さんはさえりさんの身体の隅々まで見渡しました。

 胸、脇の下、腰、ふくらはぎ、足の裏。


 もちろん、私が言葉にするにも恥ずかしいところまで――。

 とにかく、身体の隅々まで目をやる迷斎さん。まるで、何を探しているように……。


 「うーん。見つからないな」

 「何が見つからないのですか?」

 「泥人形ゴーレムのリミッターだよ」


 泥人形ゴーレムは、現代で言えばロボットのようなもので、痛みも感じなければ、腕をもがれても再生してしまうそうです。

 先ほど、腕をもがれて悲鳴をあげた時点で、さえりさんの中に娘さんの魂が入っていることが証明されたようで、魂を戻すには泥人形ゴーレムを消滅することが早いとのことで、迷斎さんはリミッターを探しているそうです。


 「泥人形ゴーレムには、必ずどこかにemeth《真理》と書かれている。そのeの文字を削るとmeth《死》となり、泥人形ゴーレムは消滅する。しかし、この泥人形ゴーレムにはその文字が見当たらない」

 「それじゃあ……どうすれば……」

 「解らないことは、本人に聞くしかないだろう?」


 迷斎さんは、さえりさんの髪を掴み問いかけます。


 「やあ、お人形さん。文字はどこに書いたのかなぁ?教えてくれるとありがたいのだが」

 「………………」


 迷斎さんの問いかけに、一切答える気がないようで、さえりさんはただ睨むだけでした。


 「やはり、答える気はないか……。仕方ない、あの方法しかないか」

 「あの方法?」

 「泥人形ゴーレムを消滅出来ないなら、魂を引き剥がすしかないだろう?時間があれば安全な方法もあるのだが、今回は時間がない。危険だか、無理あり引き剥がす」

 「危険って、どれくらい危険なのですか?」

 「そうたなぁ……。魂を無理あり引き剥がすんだ、生きたまま生皮を引き剥がされるよりも苦痛を伴うだろう。最悪、死ぬかも知れないな」

 「…………待ってください」


 そんな言葉を吐きながら、迷斎さんは涼しい顔をしていました。その顔を見た時、私は迷斎さんの言っていることが真実であると感じました。

 人の生き死に、まったく関心のない迷斎さんだからこそ、人の死に関して何も感じない。


 しかし、だからこそ、解決策を提示出来ない自分が情けなく、惨めに思います。


 「他に方法はない。見るのが耐えられないなら、部屋を出ていろ。それとも、聞いたことのない人間の悲鳴が聞きたいのならどうぞ」

 「…………」


 一体、どうすればいいのでしょう?

 今までにないほど、私は頭をフル回転させました。


 事故。

 人形。

 迷斎さんの屋敷でのこと。

 この部屋でのこと。

 身体のどこかに文字。


 !


 「解りました、迷斎さん。文字がどこに書いてあるか!!」

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