第3話
さて、先ほどの迷斎さんの嫌味は、紅茶の淹れ方についてで、紅茶とは香りを楽しむものであり、以前、淹れ方を教えてもらったのですが、すっかり忘れてしまいました。
本場イギリスから取り寄せた、茶葉がもったいないだの、カップを温めていないだのと、小言を言われてしまいました。
言いたいだけ言って気がすんだのか、迷斎さんは紅茶を口に運ぶと、窓の外を見ながらポツリと呟きました。
「……そんはそれとして弁天堂。そろそろ、コレクションを増やしたいのだか、何かないか?」
「何か?と言われましても……」
少し間を空けると、「はぁ」とため息をついて、迷斎さんは頬に手を当てつまらなそうに話を続けました。
「だ~か~ら~。何か面白い話はないのか? と聞いているのだよ。まったく、忘れてしまったわけではないよな? 弁天堂?」
迷斎さんは私の恩人であり、その時のことで迷斎さんに多額の借金をしている。しかし、私の名誉のため言い訳をすると、決してお金を借りているとかではなく、私を助けるために失った物の代償としての借りがあるとの意味である。
それ以来、私は迷斎さんの蒐集を手伝うことと、その他雑用をすることでその借りを返しているのであった。
つまり、迷斎さんの言う『何か』とは、蒐集する『怪奇噺』のことである。
「そんなこと言われましても……」
奇々怪々にして、説明のつかない現象や事柄などが、そうそう起こるわけでも話を聞くようなこともなく、平凡な毎日を送る私に求められても正直困るのです。
どうしようかと思っていると、突然来訪を知らせるインターホンの音が響き渡りました。
ピンポーン!
迷斎さんの命により、玄関の扉を開けると、一人の女性が立っていました。
「…………」
無表情だが、綺麗な顔をした女性は、私の全身を舐め回すかのように、足元から頭へと視線を向けます。
まるで、値踏みしているかのように……。
「あの……どちら様でしょうか?」
「こちらは、黒柳迷斎さんのお宅でしょうか?私は土御門さえりと申します。黒柳さんに……ご相談がありまして……」
どうやら、迷斎さんのお客様のようで、おそらくは迷斎さんの求めていた『何か』が訪れたようです。
私は、さえりさんを迷斎さんのいる部屋へと案内しました。
「初めまして、奥様。私は黒柳迷斎。漆黒の『黒』に幽霊柳の『柳』混迷の『迷』と
芝居がかった迷斎さんの自己紹介。私は何度か聞いたことのあるで何も思いませんが、初めて聞く人は呆気に取られるのですが、さえりさんは表情を変えることなく、迷斎さんに続き自己紹介を始めました。
「私は土御門さえりと申します。漢字は――」
「いえ、それ以上はけっこうです。それより……何かご相談があるのではありませんか? よろしければ、お話いただけませんか?」
相変わらずの自己中心的であり、傍若無人な振舞いの迷斎さん。
私は「失礼します」と二つの意味でお声がけし、土御門さんへ紅茶をお出ししました。
土御門さえりさん。
旦那さんは、某外資系企業に務める重役だそうで、海外出張などで家を空けることが多いそうです。
趣味は人形作り。それも、人形だけに留まらず、洋服など裁縫全般が得意なそうです。
先月、この街に引っ越して来たそうで、私と同い年の娘さんがいらっしゃったそうですが、引っ越して間もなく娘さんを交通事故で亡くしたそうで、迷斎さんへの相談もその娘さんのことでした。
生前、親子と言うよりも、姉妹のように仲の良かったさえりさんと娘さん。娘さんを亡くした悲しみは深く、家に一人でいる寂しさもあり、少しでもそんな気持ちを和らげようと、娘さんにそっくりの等身大の人形を作ったそうです。
その人形が夜な夜な家の中を徘徊するようになった。最近では、徘徊するだけでなく暴れるようになり、困り果てているようで、何とかしてほしいと迷斎さんを訪ねて来たのでした。
「なるほど、事情はわかりましたが、些か気になることがあるのですが、よろしいですか?」
土御門さんは、声を発する変わりに、首を縦に振りました。
「娘さんにそっくりの人形を作ったからと言って、動き出すなんて話は聞いたことがない。仮にそれが本当なら、世界中の手作り人形が動き出してしまう。現実は、そんなメルヘンな世界じゃない。何か隠していますよね?」
そう言って、濁った目で土御門さんを見つめる迷斎さん。まるで、すべてを知っているかのようなその目は、土御門さんの口を開くにはあまりにも容易かった。
「すべて、お見通しなのですね」
そう言って、土御門さんは隠していたことを打ち合けたのでした。
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