第11話 8月16日 12時13分 天気は不明
倉庫のような場所へ連れてこられた。
僕は手足を縄で縛られていたが、その縛り方は非常に緩かった。ちょっと手足を動かせば、そのまま外れてしまいそうだ。
僕を誘拐した連中は安居を含めても、たったの3人だった。しかも、全員が痣だらけの同じ顔をしている。三つ子ではないと思うが、僕にはさっぱり見分けがつかない。
3人と言うところで思い出したが、あの少年の髪をおかっぱ頭にして、泣かせた連中も確か3人だったな。もしかすると、アレもこいつらの仕業だったのだろうか。そうなら僕から金を貰った笹川に殴られて、こんな顔にされたに違いない。しかし、納得できないのは、こいつらに人の髪を切る技術があるという点だ。この3頭のチンパンジーに、ハサミを使うだけの知能があるようには見えない。天井から吊るされたバナナは取れるのだろうか? 流石にそれぐらいは、いや無理かもしれないな。
そんなことよりも、何故、僕が狙われる破目になったのだろうか。芋虫のように地べたに横たわりながら考えてみる。すると、天啓に撃たれたかのように、出来の悪い脚本が脳内に浮かんできた。
ある日、おかっぱ頭の少年がタバコを持っていると(多分、吸ってたんじゃなくて、周囲に見せびらかしていたんだと思う)、それをどこから手に入れたのかと、少年の同級生が尋ねる。少年は得意げに「有馬って野郎がいてな。こいつがタバコを持っているんだ。金も相当、貯めこんでやがってな、警備員の連中を買収してるんだよ」などと吹聴する。噂は尾ひれがついて、人から人へと伝わっていき、それが原型がなくなるほど変化した頃、この3人組の耳にも入る。そして、自分達をボコボコにした黒幕が僕であることに気が付き、復讐に燃えて、もしくは金に目がくらんで、僕を誘拐することにした。
以上は何のエビデンスもない僕の空想だが、大きく外れてもいないだろう。だが、この仮定が本当だとしても、あの少年に対してはもちろんのこと、こいつらに対しても怒りはまったく沸いてこない。あえて言うなら"どうでもいい"という気分が先に来る。
怒りもないが、不安もなかった。拉致監禁の被害に遭っても、まったく恐怖を感じないのは、これから何が起きるのかが明白だからだろう。繰り返しになってしまうが、やはりどうでもよかった。痛い目に遭うかもしれない?それが目的だし、いいじゃないか。殺されるかもしれない?それがどうかしたのか。何か問題が?
そうやって自分自身に向けて強がっていると、唐突に蹴りが飛んできて、僕の顔面に命中した。左目の辺りから放射線状に鋭い痛みが広がり、とても目を開けていられない。2発目の蹴りが来た。1発目に比べて、ずっと弱い。何故だろうか。右目だけを見開いて観察する。連中の視線は左右に泳ぎ、落ち着きがない。前に笹川が安居を血祭りに上げていた時とは、全然違っている。あの時の笹川には、なんの躊躇も遠慮もなかった。しかし、安居達の方は、何をすればいいのか迷っており、苦し紛れに蹴りを入れているような感じだった。笹川と比べたら、暴力に馴れていないことは明白だ。もしかすると、人を殴ることすら初めてなのかもしれない。
その後も3発、4発と僕は蹴り続けられたが、その力はさらに弱くなっていった。痛いと言えば確かに痛い。だが、大声で叫ぶほどでもない。やがて、僕は痛みに馴れてしまった。
「金はどこだ」
僕への暴力の有効性が認められなかったので、安居は要件を切り出していた。それにしても品のない声をしている。答えるのが面倒くさくなり、僕は沈黙を続けた。怒りも、痛みも、恐怖感もなく、全てが漠然とした暗がりの中にいて、無関心だけが機械的に拡大していく。
僕の沈黙に対して、安居はひたすら「金はどこだと」叫び続けていた。本当にうるさい奴だ。他に言うことが思いつかないのか、このチンパンめ。ちょっとは黙ってろ。僕は安居に腹を立てつつも、賭けでもしてみるか、と考えていた。そう思った次の瞬間には「金は中庭だ」と言っていた。言ったというより、自然に口が動いたという感じだ。
「中庭に埋めてある。コンクリートブロックが目印だ」
僕がそう言い終わると、3人は倉庫から飛び出していった。僕が逃げないように見張り役をつけたりはしないらしい。彼らのIQの低さに驚嘆しつつも、僕は逃げずに、ここで彼らの帰りを待つことにした。
ご存知の通り、あそこに埋めてあるのは老猫の死体だ。死体を見つけた安居が戻って来て、怒りと勢いに任せて僕を殺すかもしれない。彼らに人を殺すほどの根性があるかは疑問だが、その辺が賭けの醍醐味だ。五分と五分、公正な勝負だろう。確かに馬鹿馬鹿しいが、僕らにはふさわしいと言える。
薄暗い倉庫の中で、できることはなかった。することがないから、今更になって、僕の名前が朝倉から有馬へと変った理由を考えていた。
僕は学園内で名前を呼ばれることがない。だから名前が変わっても、不都合なんか一切なかった。僕自身、『朝倉』という名字に愛着があるわけでもなく、『有馬』が嫌いなわけでもない。どちらだって同じだとしか思えない。しかしながら、変更理由は気になる。
恐らくだが、父は戸籍の上でも僕を遠ざけたかったのだろう。僕が実子で未成年である以上、完全に縁を切ることはできないと思うのだが、この学校に転校させたように、より遠くへと離すことはできる。
またしても下らない妄想が浮かんでくる。きっと父は有馬という家へ僕を養子に出したに違いなかった。僕を養子にした有馬さんに何の得がある?という気もするが、臓器提供とか、連帯保証人とか、何らかの使い道はあるんだろう。
捨てられた。どう隠そうとしても、その事実が重い石のようにのしかかっている。父自体はどうでもいいが、捨てられたと点だけが、僕の中でうまく消化できない。こういう状況だと、極端なこと、非現実で達成不可能な未来、それしか頭に浮かばなかった。
父を殺す。ゆっくりと時間をかけて、ちょっとずつ切り刻んで、苦しめてやりたい。そうは言っても僕に殺人が実行できるとは思えなかった。くそったれだ。畜生め。
そうやって10代の挫折をかみしめていると、突然、倉庫の扉が開いた。安居にしては帰りが早すぎると思ったが、そこにいたのは安居ではなく、例のおかっぱにされた少年だった。扉の外からの差し込んでくる光のせいで、少年が天使のように見える。目がつぶれそうなぐらい眩しい。
少年は僕の元へと駆け寄ってきて、すぐさま不器用な手つきで僕の手足の縄をほどき始める。どうやら僕を助けるつもりらしい。
「全部オレのせいだ」
少年はそう言っていた。しかし、そんなことはどうでも良かった。僕は賭けに負けたのだ。
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