【後日談】サリーとアンと、中島由香の秘密


 私の友達、山内杏の変身について。


 山内杏は、一言で言えば勿体ない女の子だった。

 身長は約一七〇センチ。

 痩せ型で足もすらりと長く、すっきりした面差しが涼しげな印象だ。

 しかし彼女はいつも「背が高くてごめんなさい」と言わんばかりに体を縮めて猫背で過ごし、どういう信仰心からか自分にはショートカットしか似合わないと決めつけて髪を短くしていた。俯きがちで口角は下がり、一目見た印象ではなんとなく縁起が悪かった。

 おどおどして、周囲に迷惑をかけてはいないかと秒単位で己を精査し、高い背を無理にでも縮めて存在感を圧縮しようとする、控えめすぎる女の子。

 それが山内杏だった。

 出会ったのは高校に入ってからだ。

 私、中島由香は背の高い女の子が好きだ。

 動物園に行ってもキリンを一番楽しみにしている。

 水族館ならマンボウやサメやピラルクーが好き。

 つまり、大きな生き物にときめきを覚えるのだ。

 だから、クラスで一番背の高い女の子・山内杏のことはすぐに印象に残った。

「山内さん。名前、アンズ? キョウ? ――アン?」

 そう言って声をかけたのを覚えている。

「あ……、アンだよ」

 ぼそぼそとつぶやくので、「なんだよ?」と迷惑がられているのかとドキっとしたけど、違った。

「アンか! 私、中島由香。よろしくね」

 絶妙に空気を読まない距離感を保ち、杏と仲良くなった。

 杏の方は積極的に友達を作ろうとしなくて、みんなも遠慮して近寄らなかった。

 ともすれば浮いてしまいそうな杏を、私が仲立ちになることでクラスのバランスが保たれていた。と、そう考えるのはうぬぼれだろうか。

 山内杏は、中島由香とセット。

 いつしかクラス全体で共通認識が生まれ、私も杏もその認識に異論はなかった。

 私は愛着を持って杏と学園生活を共にした。

 彼女は、臆病な大型動物。高校も二年目になると慣れが生まれ、杏も緊張が解けたのか私以外の友達とも時折喋るようだった。

 クラスが離れて心配だったけれど、なんとかうまくやってるようだ。

 どこかへ出かけたり放課後遊んだりする友達は、杏には私だけ。

 私は、他にも何人かいる。時折杏も誘って一緒に行くが、みんな杏に遠慮したし、杏もみんなに恐縮して、ぎこちない空気になっていた。

 今では杏と遊ぶときはなるべく二人きりだ。

 正直、そこまでだと鬱陶しいような、一層愛しいような、まだら模様な感情に時折憂鬱になる。

 そんな感じで、ちょっと気分を変えたかった私は、二年生の二学期を迎えてからしばらくの間、杏を構わずに日々を過ごしていた。

 私から構わなければ、杏は私に構ってこない。

 それも、なんだか悔しいような、負けたような気がして私の憂鬱をパワーアップさせていた。

 ふん、杏はほんとは私のことなんか好きじゃないんだな。

 つきまとってくるから相手をしてるだけで、ほんとは私なんか杏の人生には必要じゃないんだな。

 ……自分から遠ざけているくせに、杏の態度を責めたりして、私はつくづく自分勝手な人間だ。

 杏は私が遠ざけたがっている態度を察して、気をきかせて近づかないでいてくれてるだけかもしれないのにさ。

 杏。

 山内杏。

 なんであなたってそう臆病で控えめなのかしら。

 自分にはちっとも価値がないと決め付けているみたいな、何かの間違いでそこにいるみたいな、妙に儚い横顔。

 胸がぎゅっと痛かった。

 私、あなたが好きだよ、杏。

 でもたまにすごく気に入らなくなるんだ。不思議だな……。


 ▼▲


 久々に、杏と一緒に帰ろうと思った。

 杏は誘えば応じてくれる。

 だから私は無邪気に杏の教室へ行って、断られる心の準備なんて全くしないまま、彼女を誘った。

「杏。一緒に帰ろう」

 一瞬の間があった。

 そのときの杏の顔には「杏って私だっけ?」みたいな、「誰だっけ、この子」みたいな、とぼけた表情が浮かんでいた。

 久々に会った杏は、なんだか雰囲気が違った。

 嫌な予感は、顔を見た瞬間から抱いていた。

「――ごめん、今日は一緒に帰れないんだ。ごめんね、あとでメールして!」

 杏のくせに、なんだか器用なことを言う。

 あとでメールして、なんて。

 はじめてそんなことを言われて、まずそれに驚いて、ようやく「誘いを断られた」という事実に驚愕した。

 あれ。私、ふられたの?

 心がザワザワした。

 今まで私が散々自分の都合で近寄ったり離れたりしてきたあの子は、とうとう私に嫌気がさしたのかもしれないぞ。

 でも別に、私の友達は杏だけじゃない。

 杏が私のこと嫌いになっても、私は一人にはならない。

 一人になるのは杏のほうなのに――。

 傲慢な考えで自分の気持ちを静めて、一人ぼっちの帰り道を経て家に帰った私は、ドキドキしながら言われた通りに杏にメールを打つ。

 メールの返信は、いつも通りの杏だった。

『今日は急用があって。一緒に帰れなくてごめん。明日は一緒に帰ろう』

 いつも通りの杏の文面だけど、一緒に帰る約束をしたことなんて初めてだ。

 なんだかすごく緊張してしまって、その夜はあまりよく眠れなかった。

 それが、私の感じた兆し。

 杏はそれからどんどん変わっていった。

 まず一番に、彼女は猫背でいるのをやめた。

 杏は以前まで大型の草食動物のような、おっとりして無害な、どこか自分を「みんなの障害物」だと思ってる節があった。

 その印象は一変し、のびやかでしなやかな手足と薄い体躯をまっすぐに伸ばした姿は凛々しい少年みたいに見えた。

 堂々と開きなおって「私、背が高いですがそれが何か?」と言わんばかりの、明朗とした態度が妙に痛快だった。

 私の友達とも馴染んで、四、五人で行動するようになった。

 杏の声が大きくなった。

 表情が豊かになった。

「由香。一緒に帰ろうよ」

 杏のほうから、そう言って私を迎えに来るようになった。


 ▼▲


 私が思うに。

 杏には恋人が出来たのだ。

 もしかしたら、ひと夏の体験なんかしちゃったのかもしれない。

 (……杏にだけは先を越されないと思っていたのに。)

 そして、きっと恋人は年上に違いない。

 大学生――いや、社会人かも。

 ――お姉ちゃんがそうだったのだ。

 大学生になって家を出て一人暮らしを始めたお姉ちゃんは、その年にもう恋人が出来た。

 相手は学生じゃなくて社会人だった。経済的にも精神的にも支えられ、人生で最も豊かな日々を過ごしたお姉ちゃんは、みるみるうちに綺麗になっていった。自信をつけて輝いていった。

 しかしやがて過剰に膨らんだ自信が、私には煩わしく感じられるようになった。

 明るくて前向きになったのは結構だけど、初恋もまだの私のことをとことんまで下に見るようになり、人生の先輩としてのありがた~いアドバイスを連発するようになった彼女を「鬱陶しいなあ」と思う頃、お姉ちゃんは振られた。

 同棲までしたのに。結婚式は海外でとか言ってたのに。

 しかしお姉ちゃんは恋愛感情の亡霊に取りつかれたまま、今も変わらず愛やら人生やら幸福やらと怪しげな文言を用いては前向きにメンタルを支えて社会人一年目の荒波に立ち向かっている。

 たくましいお姉ちゃんのことを、今になって初めて応援できる気持ちだ。

 就職を機にお姉ちゃんは実家に戻ってきた。

 定時で上がって、ジェラートピケの部屋着に身を包み、リビングのソファで寝転がる。

 お姉ちゃんは、なんだかんだ言いつつも、同棲をしていたときよりも気楽そうだ。

 私は、山内杏のことをお姉ちゃんに話した。

「そりゃあ恋だわ」

 それからしばらくお姉ちゃんの声は聞こえなかった。

 私がキッチンでココアを作っているあいだ、お姉ちゃんはスマートフォンで忙しくSNSを眺めていたのだ。

「いいな~、恋」

 区切りがついたのか、お姉ちゃんが再び声を上げる。

 心底からの羨望の呟きだった。

 恋が、杏を変えた。

 あんなにも変えた。

「恋すげーな……」

 素直な感慨が私の口からこぼれる。

「恋すげーよ」

 お姉ちゃんが口調をマネして繰り返す。

「話聞いてみなよ。絶対男できたって」

「やだーっ。杏だけには先を越されないと思ってたのになあ」

「そういう地味な子ほど意外と大胆っつーか。自分を大事にしてないなら尚更躊躇いがないっつーか。そんなもんだよ?」

「そんなもんなのかぁ……」

 お姉ちゃんにココアを渡し、寝転がる彼女の隣に腰掛ける。

 まだ制服のままの私の隣にお姉ちゃんも並んで座った。

「杏ちゃんの彼氏の友達を紹介してもらおうよ」

「私が? ……お姉ちゃんが?」

「まずあんたでしょ。あたし、出会いはあるし。焦ってないし」

 お姉ちゃんは余裕だ。

 もしかしたら、付き合うまではいかなくても、親しくしている男の人がいるのかもしれない。だから今まで「部屋着にこんなに金かけるの? は?」とか言ってたくせに、そんなルームウェアなんかを着るようになったのかもしれない。

 うざいなーと思う反面、心から羨ましくなる。

 自分じゃない、家族でもない、誰か他人を好きになったお姉ちゃんのことを。

 恋人がいるって、どんな感じ。

 やっぱ楽しいのかな。

 誇らしいのか、嬉しいのか……。

 杏に聞いてみようか。

 お姉ちゃんに聞いたら、一晩経ったってこの話は終わらなくなるし、上から目線のドヤ顔講釈に苛立つことは目に見えている。

 私はココアを飲みつつ、お姉ちゃんの横顔を眺めた。

 中島家の女は横顔美人だ――正面は平凡な顔だが。

 だから、私もお姉ちゃんもなるべく顎や耳が出るような髪型にしている。

 中島家の女としては例外的に、お姉ちゃんは正面の顔も整っている。

 当然、遺伝子は同じ。

 幼少期の食生活も生活習慣も、似たり寄ったりなはずだ。

 けれど、いったい何が二人に決定的な差をつけたのだろう?

 運動部の私と、部活動をせず勉強に励んだ姉。

 大きな差といえばそこにある。すべては紫外線のせいなのか……。

 もし私が二十二歳になったとき、今のお姉ちゃんと同じような綺麗な女の人になるだろうか?

 想像がつかない。

 いつまでたっても、私は子供っぽい顔をしていると思う。

 それとも。

 もしかして恋が、お姉ちゃんを私とは別の生き物にしてしまったのだろうか。

 杏がそうなってしまったように?

「……怖いなあ」

「何よ」

「恋。杏があんなに変わっちゃうような出来事なんでしょ、それって。まるで、別人になっちゃうみたいな……」

「そうよ。恋はね、魂を生まれ変わらせるんだよ」

「じゃあ、一度死ぬってわけ」

 お姉ちゃんは知らん顔でココアを啜っている。

 それからぽつりと呟いた。

「恋という魔物が女を食い殺すのよ」

 ドヤ顔だったので、呆れて返事もできなかった。

 でも、つい、想像してしまった。

 恋という魔物が山内杏をぺろりと飲み込んでしまう場面を。

 お姉ちゃんも、杏も、恋によって死に、生まれ変わったのだとしたら――

 以前の杏は、姉ちゃんは、一体どこに行ってしまったんだろう。

 今頃天国で、私のことを見下ろしているんだろうか?

「恋、こえー……」

 私も、いつか恋に殺されて死んでしまうのか。

 だとしたら、そんな恐ろしい出来事を経験するのはご免だ。

 でも、お姉ちゃんも杏も、前よりもよくなった部分は沢山ある。

 ……私も、そういうふうになれるのだろうか。

 恋をしたら?

 分からない……。

 大体、誰かをそんなに好きになれる気持ちが、理解できないっていうのに。


 ▼▲


 翌日の放課後。

 帰り道に、意を決して、私は訊ねた。

「杏、このごろ変わったよね」

 杏は「にへっ」と唇をゆるめて笑って、「そう?」と聞き返す。はぐらかすみたいに。

「変わったよ」

 だって、前まではそんな笑い方をしなかったはずだ。

 もっと硬くて、ぎこちなかった。

 でも今の杏は軽やかで、自由自在って感じに見える。

 仕草も、表情も、声も。

 前の杏はこわごわとそれらを操っていたけれど、今の杏はとても楽しげだ。

「ねえ、杏。あのさ――私、分かっちゃったんだよね」

「……なに?」

「杏。彼氏できたでしょっ!」

 私の一大決心を込めたその指摘は、裏返った声に乗り、杏まで届いたようだった。

 杏はびっくりして目を丸くする。

 それから、

「ぷっ――あっはっはっはっはっはっは! ひぃー!」

 ノッポの上体をぐっと折り曲げて、大笑いする。

 ダイナミックな仕草を伴う杏の大爆笑に、私はたじろいだ。

「え。なに。違うの? どーなの!?」

 通学路を使う同じ学校の生徒たちが、奇異の眼差しで、あるいは鬱陶しそうに、私たちを横目に通り過ぎていく。

「だって杏、夏休み明けてからすごく変わったじゃん。彼氏でしょ、そーでしょっ?」

「由香~~。なんだよ妬いてるのかぁーっ」

 うろたえる私を捕まえて、杏がその長い腕で抱きしめる。

 うりゃうりゃ、と頭を撫でまわされ、雑に解放された。

 以前の杏は遠慮がちで、他人と触れ合うことはなるべく避けているみたいだったのに、最近の杏は容赦がない。

 スキンシップに慣れたせいだろうか、と不埒な想像をして頬が熱くなった。

「――その人、杏より背が高いの?」

 私の指摘を否定も肯定もしない杏へ、更に尋ねる。

 杏はニヤッと不適に笑い、私へ秘密めかして囁いた。

「どうだろうね? ――決めた。次の休みに紹介する。予定空いてる?」

「え? えっ?」

 まさか、そこまで展開が早いとは思わなかった。

 私、次の休みに杏の彼氏を紹介されるらしい。

 どうしよう。なんて言えばいいんだろう。

 すごく複雑な気持ちだ。

 やっぱり杏には彼氏がいたんだ。

 恋が、地味で控えめな山内杏を食い殺し、引き換えに新しい山内杏が生まれてきた。

 背をしゃんと伸ばして、堂々と喋る、今では「かっこいい先輩」とか言われて通りすがりに下級生からお菓子をもらうような山内杏だ。バレー部から勧誘までされるありさまだ。

 私の愛した臆病な大型動物は絶滅してしまった――。

 自信で輝く山内杏。

 もう自分を誰かの人生の障害物だとは思っていない。

 約一七〇センチの長身も、長い手足も、ちょっと低い声も、杏自身が気に入っている様子が見て取れるのだ。

 杏が、やっと杏自身のことを好きになったのだ。

 それが、私には妙に嬉しかった。

 山内杏の変身。

 それが、愛されるってこと?

 自分じゃない誰かに愛されたから、自分でも自分を愛せるようになるの?

 そしたら、古い自分は死んで、新しく生まれ変わるの――?

 自分を愛することができたら、魅力的な自分になれる?

 すごいな、恋。怖いな、恋。

 でも……。

 私はね、ほんとのところ、昔の杏も好きだったんだよ。

 臆病で、控え目で、ふっと消えちゃいそうだった山内杏。

 私が「一緒に帰ろう」と誘うと、今日やっと呼吸が出来たみたいに安心して笑ってくれたあの子。

 だから、あの杏に会えなくなってしまったのは、なんだかちょっと寂しいな。


 ▼▲


 山内杏の彼氏を想像してみる。

 まず、年上だ。

 間違いなく大学生以上だ。経済的に余裕がある相手に違いない。

 そして、そいつは山内杏の長身と、意外にもウブなところを好んでいる。

 ……キスしたのかな。部屋に行ったのかな。デートって何するの。どんな話をするの。

「うわあ、うわあ……」

 想像すると、頭がオーバーヒートした。胸がばくばくする。

 どんな男の人だろう。仮に社会人だったとして、恋人が高校生ってちょっとヤバい人なんじゃないだろうか。杏の無知と純真を利用している可能性だってある。

 どうしよう。杏を傷つけるような奴だったら――

 でも杏はきっと彼のことが大好きに違いない……。

 心配になってきて、頭の下に敷いていた枕を抱きしめる。

 ごちゃごちゃと物で散らかるベッドの上を手で探ってスマートフォンを探し出す。

 探り当てたスマートフォンで杏にLINEを送る。

 明日の待ち合わせについて時間と場所を決める。

 杏は彼氏に関する情報をちっとも開示してくれなくて、会ってその場でびっくりさせるつもりでいるのだ。

 アドバンテージを握られて、なんだか面白くないぞ。

「はぁー……」

 ため息をつく。

 ――悪い想像は全部外れているといいな、と願う。

 あ。

 でも一個だけ譲れない。

 杏の彼氏は、絶対に、杏より背が高いはずだ。



 そして。

 翌日。

 私の想像は、内容の良し悪しを問わず、全部外れた。

 まず、紹介されたその子は、杏よりずっと背が低かった。

 私より十センチも背が低かった。

 杏の長身に隠れるように立っていた。

 ふわふわと長い髪が、森に住む妖精みたいだった。

 なによりもまず、女の子だった。

「天野紗璃ちゃんです」

 杏が背中を押すと、恥ずかしそうに一歩踏みだして、律儀にぺこりと頭を下げる。

 それから、ふわっとした甘い声で、

「はじめまして。……紗璃です。よろしくお願いします」

 緊張しているのか、たどたどしく挨拶をする。

 なんだこの可愛い生き物は。

 それが第一印象だった。

 勿論、杏と紗璃が付き合っている、というオチではなかった。


「はじめまして。中島由香、杏の友達です。めっちゃ可愛いね、どこで出会ったの? ていうか、私今日、杏の彼氏を紹介されるんだとばっかり思ってたから――びっくりだよ」

 私は杏と紗璃を見比べる。

 彼女たちは、お互いに視線を交わしあい、楽しそうに笑った。

 なんだか随分仲がいいみたいだ。

 夏休みの間に出会い、親しくなったのだろうか。

 そうか、杏にもちゃんと友達がいたんだ。

 当たり前のことかもしれないけど。

 今まで見えなかった一面を知って安心した。

 自分勝手なことだけど、一ミリ程度のヤキモチも妬いた。

「ちょっとね、この三ヶ月くらいで仲良くなって。使ってる駅が赤羽でさ」

 杏が目配せすると、紗璃は自分の通っている高校を教えてくれた。

 納得のお嬢様学校だった。我々のような下賎の民がお近づきになる機会は滅多にない。

 益々もって、どんな縁で出会ったのか不思議だった。

「じゃ、とりあえずカラオケ行く?」

 杏がそう言って私たちを引率する。

 道行きに、紗璃とぽつぽつ会話をした。

 容姿の印象そのままにふわふわして控え目な喋り方で、ちょっと繊細そうな、わたあめみたいな女の子だった。『由香ちゃん……』と紗璃に呼ばれると、妙に気分が高揚した。

 気を使う子だったらどうしようかと思ったけれど、話しやすい子だった。

 ずっと友達だったみたいに、距離感がちょうどいいのだ。

 今日が初対面だという気がしない。

 不思議な親しみを感じた。

 杏が間に入ってくれていたからだろうか。

 今までもずっと三人で遊んでいたみたいに気楽だった。

 仲良くやっていけそうだな、と思って嬉しかった。

 それが、私と紗璃の出会いだ。


 結局のところ。

 彼氏ではなかったけれど、きっと紗璃がきっかけなのだ。

 杏が自分を好きになるきっかけを、紗璃が与えてくれたのだろう。

 とても素敵な友達関係だ。

 私が杏にとってそういう存在じゃなかったのは、ちょっと悔しいけれど、それ以上に嬉しかった。(良かった、杏を傷つける社会人の彼氏は居ないんだ……。)

 ――杏のやつ、どこでこんな美少女ナンパしたんだよ。

 二人の馴れ初めは、いつかじっくり聞かせてもらおう。

 その機会は、この先いつでも訪れる。

 きっと、これからも時々、私は二人に混ざって遊ぶのだろうから。

 だから、紗璃と杏の秘密は、これからのお楽しみだ。


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