サリーとアンのピーマン

「あ。アンのお弁当、ピーマン入ってるの」


「ん? ああ、うん。チンジャオロースーだからね」


「ロース? ロース肉なの? 牛肉? 豚肉?」


「さあ。知らないけど、たぶん牛肉。昨日の夕飯のあまりものだと思う」


「アンのママ、毎朝お弁当作ってくれるんだね。すごい」


「そういうサリーは、またランチパック? よく足りるよね」


「うん。あとでおかし食べるから」


「うへ。食べざかりのJKがそれか。栄養足りてるか? おかず分けてあげようか」


「んー。でもあたし、ピーマン苦手だから」


「あー。まあそうだよね。ピーマン好きな人は、少ないよね」


「うん。珍しいねえ、アン。好き嫌いしないんだ。だから背が高いのかなあ」


「いや、私も好き嫌いするよ。チョコ嫌いだし。

 ピーマンもそこまで好きじゃないけど、

 まあチンジャオロースーくらい原型を留めてなければ、余裕」


「原型。確かに。留めてない」


「こんだけ火が通って味ついてたら、こいつが他の何でも一緒だよね。

 ナスでも、タケノコでも」


「あはは。そうかも」


「ってわけで、どうかな、サリー。一口食べて、苦手を克服してみたら?」


「えーっ。無理ーっ」


「かわいそうに、ピーマン。みんなに毛嫌いされて。

 栄養あるのに。しかも今が旬なのに」


「あ、今が旬なんだ。夏なんだ」


「そうだよー。夏野菜。

 カレーに入れてもいいよねえ。ちょっと素揚げしてさぁ……」


「えっ! アンのママ、そんなに手間のかかったカレー作るの?」


「まさか。前に、ジョナサンで食べたの。

 パプリカとか、ナスとか、かぼちゃも載ってた」


「は~。ふーん、へーぇ。なんか、おしゃれ」


「どう。食べる? ピーマンデビュー、する?」


「う。う~ん、う~ん」


「ま、サリーのお子様味覚にはお菓子みたいなランチパックがちょうど良いか」


「うーん。まあ、そうなんだけどさ。そうなんだけど」


「けど? なに? 申し開きがあるのかね」


「えっとね。そういえばね、ピーマンって、そもそも食べたことがない気がする」


「はぁ?」


「ピーマンってまずい、苦い、嫌いっ――っていう意識が先行して……

 実際に食べたことがない気がするの」


「え? え? まじ? 想像だけで嫌ってるの? 食べたことないのに?」


「うん。なんかね、うん、……今半生を振り返ったけど、食べたことないわ」


「ピーマンがますます可哀そうだわ……。

 なんで食べてもないものを嫌いになれるかなあ」


「えへ、なんかイメージで」


「イメージね。会ったこともない人を、イメージで嫌えるのねサリーって。

 噂話だけで嫌いになれるのね」


「人に例えられると重いなあ。……だってさ、アン。

 思い返すとさ、ピーマンを食べるよりも先に、ピーマンのこと嫌いになってた。

 なぜって、絵本に散々書いてあったから」


「ピーマンのこと?」


「そう。ピーマンは苦いけど身体にいいんだから好き嫌いせず食べましょうねって。

 ピーマンを残さず食べてえらいねって。

 ピーマンを食べたらご褒美をあげましょうって」


「まあ、そういう絵本も、確かにあるよね」


「小さなサリーちゃんは、思いました。ああ、ピーマンは苦いのね。

 ピーマンは嫌われ者なのね。

 ピーマンは、嫌々苦労して食べるものなのね――って。

 それで、実際にピーマンを食べるよりも先に、

 ピーマンへの忌避感だけが増長していったの」


「忌避感て。そんなに言うほどか」


「つまり、アン。あたしはね、噂話だけで人を嫌いになれるような人間なのよ……」


「ひどい女だよ、サリーは」


「でも考えてもみて。

 もしまだ純粋な幼い頃に、もっと様々な価値観を与えられていたら、

 今頃もっともっと柔軟な人間だったかもしれないじゃない」


「と言うと?」


「ほら。えーっと。例えば、そう、恋愛対象とか。

 絵本や子供向けの映画で、お姫様と王子様が結ばれるでしょ。

 だから、女の子の恋愛対象は男性なんだなと思うでしょ。

 それが常識だって刷り込まれちゃうでしょ」


「うん。そうね」


「食べず嫌いのピーマンと一緒なのよ。

 食べたこともないのに、無理だなんて言って……

 本当は自分で何も確かめてないのに。

 そういうことって、今までに沢山あったと思うの」


「えーと。つまりサリーは、女子と恋愛する可能性を切り開きたいの?」


「そこは、例えばの話だけど」


「うん。そっか、そうだね。例えばの話だね」


「うん。そうなの」


「ねえ、サリー」


「うん?」


「ピーマン。食べる?」


「……うん。食べる」

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