2.ストリートライブ2

 ―――2016年。8月29日。ナゴヤ駅。

 夕方五時の『ノノちゃん人形前』は落ち着いた空模様で、夏を終わらせる涼風が、ほんのときたま吹く絶好のコンディションではあったが、先ほどまで開催していた霧島三郎ストリートライブの観客は、相変わらず芳しいものではなかった。

 やっぱりだめか、という思いと、いや、それでも一人二人、興味を持って聴いていた人だっていた、という思いが、ちょうど五分五分だ。「今日はこれくらいにしておいてやるか」と、負け惜しみの常套句をひとりごちると、俺は抱えていたギターを下ろそうと顔を下に向けた。

「あれ、もう歌わないの?」

 撤収作業をする手が止まった。雑踏の中でもそれと分かる、アニメっぽい幼い声。顔を上げ、目の前に立った少女を見た。

 髪が短くなっていた。ショートボブにすると、もともと幼い顔がさらにそう見える。白のTシャツにデニムのホットパンツを合わせた服装は、小さいがスレンダーな体系の彼女によく似合っていると思った。

 そうやって、しばらく無言で見つめ合っていた俺たちだったが、ややあってアンドロイド少女の方が、俺に近付いてきた。

「帰ってたのか」

 せめて口くらいは先に動かしてやろうと妙な意地を見せた俺の質問に、イブが柔らかに笑いながら頷く。

「お盆が明けたら帰るつもりだったんだけど、ダメだねー、実家って、なんであんなに便利なんだろう」

「まるで俺の家では家事労働に明け暮れているかのようなセリフだな」

 すっかり寄生虫ライフを満喫してきたらしいグータラ娘に言ってやると、案の定、顔を赤くする。

「何言ってんの。あの時の餃子だって、あんまりにも不味かったからご飯だけ炊いて食べたんだよ」

「そうだったのか。すっかり全部なくなってたから、いよいよ美味くできたかと思ったんだが」

 さんざんごたごたとしてしまったせいで、あの文字通り一世一代をかけて作った餃子の賛否を聞く機会がなかったが、なるほど、やはりだめだったか。それにしては、どこにも捨てられた形跡はなかった。無理して食べてくれたのだろうか。

「な、なにか言いたことあるの」

 思わず顔を覗き込んでしまった俺に、イブがたじろぎながら言う。

「いや、何も―――その髪型、似合うな」

 ぼん、という音がした。二週間ぶりに見るオーバーヒート。やっぱり、排熱機構がどうにかなっているのではと思う。

「さ、サブは、全然変わってないね」

「これでも多少は切ったんだけどな」

 俺の前髪は、相変わらずヘアピンで留められていた。

「あ、そうだ」

 イブが何かを思い出したように、小さな袋を取り出した。

「これ、さっき買ってきたの。新しいやつ」

 袋から出てきたのは、ピンク色で、今までよりだいぶ大きな代物だった。

「お前は俺をどうしたいんだ」

「ステージの上からなら、大きい方が目印になっていいでしょ」

 まぁ、こういう見た目の個性を出すのも大事か、と思い、俺は今までつけていたものを外し、顔をイブの目の前に持ってきた。

「な、なに?」

「つけてくれ」

「そんな、子供みたいに」

「イブに付けて欲しいんだ」

 イブが息を飲むような妙な声を発したが、俺は気にせず、さらに顔を近づける。

「う、うん。分かった」

 上気した顔で狼狽えながら、イブが俺の髪をまとめていく。

「……ねぇ、そういえばさ!」

 完全に音量を間違えた声が俺の耳に響く。

「ヨンジーたちのバンドのオープニングアクトやるのっていつだっけ?わたし、全然物覚え悪くて、今日だと思ってたんだけど―――」

「いや、今日だよ」

「へ?」

 イブの手が止まった。

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