3.監視員の罠

「今日?」

「今日だ」

「時間は?」

「開場は六時。開演は三十分後」

「時間あれせんがね!!」

 珍しいお国言葉で突っ込んだイブに、俺は冷静に反応する。

「いや、大丈夫だ。まだ三十分ある。歩いていっても間に合うさ」

「それにしたって、なんで路上ライブなんかやってるの?」

「お客さんを増やそうと思って」

「ジョンさんもアカネもシーナも伊野波さんもエミさんもヒロ君もみんな来るよ!!どんだけ貪欲なの!っていうかあれだけ呼んでチケット余ってるの!?」

「頑張ればもう二、三人は押し込めるってところだ。ちょっとネクサスに対抗心を燃やしててな」

「絶対無理でしょ。なに自分から負け戦挑んでるの?」

「まぁ、砂漠に水を撒く程度の抵抗と、ちょっとした最終リハーサルだ」

「もう、いっつもそうやって一人でどこかに行っちゃうんだから。ほら、できたよ」

 イブが施してくれたイメージチェンジを終えた俺は、人工皮膚で作られた頬を両手で軽くつねる。

「にゃ、にゃにふんの!」

「俺の命は、お前と一緒だ。もう、一人になんか、なれない」

 イブの目から、零れるものがあった。

「オイルが漏れたぞ」

「うるひゃい!」


 にゃあ。


「なんだいまの」

 親しみのある動物の声がした方に顔を向けると、縞模様で雑種のイカした雌猫が威風堂々といった姿勢で俺たちを見ていた。

「レノン?」

 いるはずのない家主がいる、その先には、さらに予想外の人物が立っていた。

「サブ、こんなところで何してるんだ。ぶっ殺すよ」

 まだまだ機嫌は良いと見えるネクサスのボーカリストは、しかし、髪の色と同じくした顔色で、こちらを睨んでいらっしゃる。

 腕を組む猛女に対する弁明を、足りない頭で考えていると、カメラのシャッターを切る音がした。

「良い“ライブ”を見させてもらったよ、サブくん」

「ブルースさん、ちょっとオヤジっぽいよ」

 路上ライブ応援団長と、その“子供”であるキイ、さらに数人の“野良猫”が立っていた。

「あー、やっぱりここだったんだね。レノン、サブたちいたねー」

 挙句にシーナが登場し、レノンを抱き上げるものだからついに俺の脳みそはイブの思考回路と同じく、沸騰した。

「いやいやいや、おかしいだろう」

 なんだこの全員集合は。偶然のはずがない、というところまで考えを巡らせたところで、俺は解答に辿り着いた。

『もしもし、なんでしょう、お兄様』

 携帯の通話口から出てきた慇懃な口調に、俺はこいつの仕業だと確信する。

「監視カメラはすべて破壊しろといったはずだが」

『そんなことをしたら、ボクが路上ライブを観られなくなるじゃないか』

「直接来い!このひきこもりが!」

 つまり、すべて見られていたわけだ。そして、面白がったユウがみんなに伝えた、と。

「なんてこった!」

 俺は言うと、急いでギターをケースにしまい、イブの手を取って走り出した。

「あ!サブ、待て!!ぶっ殺してやる!」

 殺人予告をされて立ち止まるやつはいない。まだちょっと脇腹が痛みに疼くが、このまま走っていった流れでライブを始めてやる。うやむやにしてしまえば、あのパンクスガールからの折檻は無い。

「ちょっとサブ、あんまり引っ張らないでよ」

「悪いな、だが、ヨンジーに捕まったら、お前もただでは済まないぞ」

「それは、いやだな」

 そう言ったイブの脚力が上がった。駅東の通りを抜け、ヒロコウジ通りに入っていく。ここからハートオーシャンは真っ直ぐだが、信号に引っかからないことを願うばかりだ。

「ねぇ、サブ!みんなついてくるよ!」

「それは重畳ちょうじょう。お客も増えるかもしれん!」

 言った俺の足元を、人間様の走力に呆れたのかレノンが追い越していく。猫を先頭に、珍妙な集団が形成されていた。

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