7.記憶4
―――木目の階段を上って、二つ目の部屋。
どういうわけか、10歳の記憶だけは、ひどく曖昧な形で脳内に残っているらしく、それを追想する夢もまた、非常に断片的だった。
俺が向かおうとしている部屋は、本来“おじさん”の寝室であり、彼女がそこで待っているはずはないのだが、三郎少年は、よどみのない動きでその部屋の扉を開けた。
相変わらず七月とは思えない涼しさに保たれた家に、生暖かい風が、柔らかい薄手の毛布のように、俺のまだ150cmに満たない身体を包んだ。
ドアを開けたことで風が吹き込み、カーテンが大きく膨らんだ。窓際の椅子に腰かけていた彼女が巻き込まれる。
「ごめん」
そう言いながら、俺は一歩ずつ、わずかに軋む床を踏む。
俺が近づくごとに、彼女に襲い掛かっていたカーテンが、その活動を鎮静化させる。
最初に見えたのは、小さな素足だった。形よく切りそろえられた爪と、それをつけた指、くるぶし、ふくらはぎと目線を上げていき、太ももに差しかったところで、彼女の装いが、薄青色のワンピースであることを知った。
この服装も、実は俺の記憶のねつ造である可能性が大だ。当時12歳になる年だった彼女が、7歳の頃と同じものを着ているかという話だ。
だが、最後に現れた顔、それだけは、決して違わない。深い黒を湛えた大きな瞳と長いまつげ。微笑みの輪郭をとる、薄桃色の唇。やや大人っぽさを感じる、筋の通った鼻。出会ってからずっと、一度も切らなかったと言っていた長い長い髪が揺れ、彼女が立ち上がった。背は、やっぱり俺の方が高い。
頭半分下にある目が細まり、微かな笑い皺を作った。微笑みを含んだまま口が開き、俺に何かを伝える。声は聞こえなかったが、俺には分かった。
「会いに行くよ」
俺の言葉に呼応するかのように、彼女の輪郭がぼやけた。砂の城が微風で崩れていくように、俺の目の前から、少しずつその姿形が消えていく。
一人、残された俺は、二十歳になっていた。見上げると、シーリングファンが回っているはずの天井から、白い光が注いでいた。
これは、きっと君が俺と浴びていた光なんだろう。暑い、焼け付く夏の日に、白く眩い光の下で生きていた君は、俺を、許してくれるのだろうか―――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます