6.弟
家に鍵がかかっておらず、思わぬところでレノンを外に出してしまうところだった。
「お前以外に帰ってきた奴がいるのか」
昨夜、いつの間にかいなくなっていたこの駄猫がフラフラと帰ってくるのは想定内だったが、それ以外となると―――
「イブか」
しかし、どの部屋にもいない。出かけているのだろうか。
丁度いい。今のうちに済ませておこうと、俺はスーパーで買ってきた食材を取り出し、夕食の仕込みを始めた。まだ大分早いが、冷蔵庫の中に入れておけば大丈夫だろう。
数十分後、「あとは焼くだけ」という状態に整えられたことに満足した俺は今のソファに座り、携帯を取り出した。
どうしようか数刻迷ったが、結局は自分の番号以外では最もなじみが深く、それでいて一度も掛けたことのない通話先を呼び出した。
「もしもし」
育ての親に似ているが、若干それよりも高い少年の声。そういえば高校は夏休みに入っているなと思いながら、俺は会話を切り出した。
「久しぶりだな王子、受話器を取れるようになったのか」
「なんだお前か。どうしたロックスター、売る内臓が無くなったか」
流石に、十年以上を共に過ごした生粋の弟は返しが違う。
「心配無用だ。幸運にもまだ肝臓の一つもくれてやってはいないから安心しろ」
「そうか、ナゴヤ港にコンクリのゴミが廃棄される予定が無いようで安心した」
「霧島さんちの御子息は、一体何を見てこんな口の悪いガキに育ったんだろうな」
「そうだな、今度そっちにある婆ちゃんの三面鏡でよく観察すればいいんじゃないか」
「志郎ちゃんが、お化けが出るって俺の嘘を本気で真に受けたせいで見られなくなったアレか」
その後、また一つ二つの罵倒合戦を繰り広げて、霧島家の若旦那が声音を低くする。
「それで、借金取りに殺されるんじゃなかったら何の用で掛けてきたんだ」
「古い知り合いに会ってな。お前も知っている人だ。覚えてるか、夏に遊びに行った別荘」
「―――あまり覚えてない」
「お前は赤ちゃんだったからな」
そういえば、なっちゃんは随分この愚弟を可愛がっていた記憶がある。今では見る影もないが、誰しも赤ん坊の頃は可愛いのかもしれない。
「父さんなら、今夜も遅くなるみたいだぞ」
「いや、いい。お前が伝えてくれ」
「なんて?」
「『“おじさん”と墓参りに行ってくる』と、そういえば分かる」
「……分かった。アンタは大丈夫なんだな」
ここ数日頻発しているナゴヤ市内の騒動すべてに絡んでいると知ったら、こいつはどんな反応をするだろうと一瞬考えたが、そこは情けをかけてやった。
「借りを返してもらいに行くだけさ。もう切るぞ」
「あ、ちょっと待て、そこにレノンはいるか」
「いや」
「なら伝えておいてくれ、こっちのドラ猫が世話になってるって、それと」
最後までは聞かず、通話を切った。
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