4.渡世の仁義
今夜の『PE潰し』に向けた作戦会議は一時間ほどで終了した。
「連中の本部が業務を終える七時に決行、それでいいな」
俺の声にユウを含めた四人が頷く。
「それにしても、不確定要素の多い作戦ですな」
「四時間くらいの猶予はあるから、今生の別れをしておきたい奴は済ませておくように」
「へっ、そんな奴いねぇよ」
「そうか?」
ヒロが自嘲気味に放った言葉に、俺は疑義を呈する。
「なんだよ」
「マナミのことはいいのかと訊いてるんだ」
てっきり赤面爆発するかと思った俺の予想に反して、ヒロは冷静に「別に、いい」と返した。俺に向き直ると、一つ短い息を吐いてから、話し出す。
「マナさんの親父さんに口聞いたの、お前の親父だったんだな」
「まぁな、社長同士、そういうコミュニティがあるらしい」
「感謝してたぜ、マナさん」
「何度も聞いた。耳に吸盤ができそうだ」
「それだよ」
「なにがだ」
「お前には勝てねぇなぁって話だ」
そう言って目を逸らしてしまう。何とも呆れた男だと思った。童貞でもあるまいし、マナミの何がここまでこの幼馴染を純情一直線な男児に変えてしまったのだろう。
とりあえず、ちょっと薬を入れてやるために、今度は俺がヒロの目線に身体を持ってくる。
「ヒロ、愛情ってのはな、取引するものじゃないんだぞ」
「え?」
「確かに、俺はマナミにいくつかの“貸し”があるかもしれん。だが、それはそれ、これはこれ、だ。俺との件が終わるのを待つ必要なんかないし、マナミの“物語”が片付くのを待つ必要もない。取引も契約も優先権も保証人もいない。まぁ、仁義なき戦いってやつだ」
以前の俺であれば出なかった言葉かもしれない。ヒロが目を小刻みに揺らしているのを見て、そう思った。
「じゃ、じゃあ、お前はマナさんのこと、どう思ってんだよ」
「うむ……」
仰々しく唸った俺は立ち上がり、胡坐を掻いて座るヒロを見下ろす格好になって、言った。
「今の俺は、数々の苦難を乗り越えて、結構成長している。と、思う。クソ度胸がついた、と言ってもいい」
身体を屈め、顔面を眼前まで近づけて言う。ヒロの一重瞼の目が、大きく揺れる。
「前だったら二秒で断っていたかもしれない誘いも、今だったら十秒くらい考えてからOKを出してしまえそうだ」
四つん這いになって、ずい、ずい、と、ボクサーが相手をコーナーに追い詰めるようにしてヒロに圧力を掛けていく。
「もし、もしだぞ。明日あたり、俺が、マナミから色気のある“勧誘”を受けるとする」
どん、と、いよいよ壁際まで追いやられたヒロが壊れた赤べこのように首を縦に振る。俺はその外れかけのネジのような頭を両手でつかみ、目に力を込め、言った。
「俺は、その誘惑に抗える自信が、今は無い」
「なッ……!!」
驚愕に打ち震える古馴染みの頭を解放し、背を向ける。安藤が面白そうに、犬居が怪訝そうに、ユウがつまらなさそうに俺を見ていた。
「なにしてんの」
「デメキンよ、人間界では親友にこうしたハッパをかけるのだ」
「金魚になりたい人間には分からない世界だね」
連日の無理と血抜きがたたってか、貧血気味になってしまった俺を案じて、安藤がビルの外まで見送りについてきた。エレベータの中で、重々しく若頭が口を開く。
「たったの四人でカチコミ、ですか」
「嫌なら俺一人で行くだけだ」
「バカを言いなさんな。恩人をむざむざ死にに行かせるわけにはいきません」
「死ぬと思うか」
「どうでしょうか。しかし、女と野生の勘ってやつは悪いときほど当たると相場が決まってます」
「じゃあ、大丈夫だろう」
「何故です」
「俺は女じゃないし、野生って柄でもない」
「なるほど、それは安心です」
安藤の笑みを含んだ言葉が終わると同時に、エレベータが一階の到着を告げた。
「さて、ヒロの奴と準備を整えてきますかね。それでは、また」
「ああ、悪かったな、安藤さん」
「何がです」
「ヒロのことだ。結局、こうなった」
「元だろうが現役だろうが、渡世の仁義ってやつには、抗えませんからね。そう気にすることでもないでしょう」
そう言って、再び高速エレベータに乗り込む安藤を見送った俺も歩き出し、今日も何の変哲もなく続いている雑踏の流れに乗る。
安藤からは、少し休むよう仰せつかっている。故に、このまま家に帰るのが正しいのだが、俺は自宅とは反対方向のバスに乗り込んだ。
渡世の仁義というのなら、俺にも、会って話しておかなければならない人がいるのだ。
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