3.組の集会所
朝の“おつかい”を終えた俺は、各種イベントを行う市営の広場へと向かった。SSSの前ということもあって、ステージ設営のスタッフが忙しく行き来している。
見舞いに行ったリョウによると、Sing 4 youのメンバーたちも当日には復帰できるそうだ。が、それは良かった、で終わらせる程、俺は人間ができていない。
静かな怒りを腹の中で転がしていると、後ろから声がかかった。
「よう、サブ。こんな朝っぱらから何の用だ」
「もう昼ですよ」
「ライブハウス的には早朝なんだ。おまけに徹夜までさせやがって」
天谷店長が、無精ひげを蓄えた顔で鼻を鳴らした。
「頼んだブツは?」
「何に使うんだ、あんなもん」
「今夜、俺の人生史上最もハードなライブをやるので、せっかくだから“客”にも何かプレゼントしようと思っただけです」
「ジョンさんの時みたいな現場か」
「ビートルズよりかはリンキン・パークのライブに近い」
天谷店長が「そりゃいい」と笑う。
「そろそろ迎えが来る。無理言ってすみません。ありがとうございました」
「SSSじゃずっと最前に張っていてもらうぞ」
「そりゃいい」
天谷店長に別れを告げた俺は、ややあってクラクションを鳴らしてやってきた迎えの車に手を上げた。
「サブ!安藤さんが待ってる、行くぞ」
一時的に運転手の玉座に舞い戻ったヒロが弾んだ声で言ってくるのに思わず微笑みが漏れる。まるで、別の家に引き取られた忠犬が飼い主のもとに戻ったようだ。
「さっきの車に比べると、ちょっと座り心地が悪いな」
ベンツのシートに文句を言う幼馴染に、ヒロが「どんな車に乗ってたんだ」と訊く。県知事の公用車だと言って、どんな反応をするのか見たかったが、それよりも、昨夜から睡眠時間を一時間程度しか持てなかったことの方が重大だった。
「疲れたから、ちょっと寝る。安全運転で頼むぞ、アーガイル」
「はいよ、マクレーン。―――あれ、あの運転手、リムジンじゃかったっけ」
俺はシートに身体を預けながら、ほくそ笑んだ。旧い映画を一緒に見た幼馴染との付き合いは、人生を豊かにする。
ササシマ、PM13:00。
「神様は、人に、無垢であることを望んでいたのかな」
ベッドに横たわる白い肢体がうごめきながら気だるい声を発した。俺は、その、酷く繊細で滑らかな肌に手を乗せながら鼻にかかった甘ったるい声を聞く。
「まるでペットじゃないか。到底、我が子に向ける感情とは思えないね」
肩が剥き出しになったニットワンピースが、さらに着崩れて胸まで露わになっている。
「サブ、そうは思わないかい」
「分かったから起きろ兄弟、神のペットじゃできない仕事の時間だ」
「う~、こんなことなら猫か金魚として生まれたかった」
ユウが連日の無茶オーダーに疲弊しきった身体を起こす。俺もベッドから離れる。
「おんぶしてやろうか」
「う……んいや、大丈夫。着替えるからリビングで待ってて」
妙なイントネーションで返事をしたユウを置いて、俺はリビングに―――
「あの馬鹿広い空間はリビングだったのか」
俺の実家もそれなりに裕福だが、本当の大金持ちのスケールは分からない。まぁ、その破格の部屋を破棄させる作戦を立てた俺も俺だが。
「おーい、サブ、ピザ食わねぇか」
チーズの塊を下品に咀嚼する音とともに、ヒロが声をかけてきた。
「いや、俺はいい」
「食っとかないと持ちませんよ」
床に広げたLサイズを貪る安藤が言ってきた。その隣には犬居が、これまた胡坐を掻いてムシャムシャとやっている。
「お前たちが食べてるのを見るだけで、パパは胸がいっぱいだ」
喋っていると、着替えたユウがこちらに来た。軽くシャワーも浴びたらしく、髪が濡れている。
「自分から風呂に入れるようになったか。良い進歩だ」
「そりゃどうも。ヤクザの皆さんも、なかなか傍若無人で大変よろしい」
「なんだかお前と口調が似てるガキだな」
ユウの嫌味に対する犬居の反応に、俺とユウが同時にこう言った。
「「弟だからな(ね)」」
「なるほど」
「サブさん、遣いご苦労様です。どうでしたか」
安藤が何を訊かんとしているかは分かっていたが、俺は敢えてこう言った。
「歳の割に跳ねっ返りだった」
「昔っからですよ。三つ子の魂百までとはよく言ったものです」
なるほど、三つの頃から知っている仲か、と、俺の推測を察したのか、安藤は嫌そうな顔をする。
「あなたは余計な勘繰りをしない方だと思っていましたが」
「俺も少しだけ進歩したんだ」
「さすがボクのお兄様だ。一人で寝られるようになったのかい」
「いや、それはまだ無理だ。だが最近、一人でトイレに行けるようになった」
ユウに言い返しながら、こいつ、本当に俺に似てきてしまっているなと思った。
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