2.初めての癒着

 2016年、7月17日。PM12:00。俺の身体は、不規則にサカエを巡回する大型車の中にあった。

「市議会議員の、榊莉乃です」

「知事の大島だ。よろしく」

 病院で休む間もなく今日に向けた様々な“仕込み”をしていた俺に、安藤が、サカエに止まったナンバー○○○○の車に乗り込めと連絡を寄越してきた。若頭の指示に従ってきてみれば、また随分とビッグネームが待っていたというところだ。

「霧島三郎だ。県知事と市議会議員とはまた珍しい組み合わせだな」

「彼女は言ってみれば、私が送り込んだ“刺客”のようなものでね、いろいろと動いてもらっている」

「それはまた随分と剣呑だな」

「剣呑というのなら、それは三十年前から今日までずっと続いていることです」

 俺が座る三列シートの後部座席に向き合う形で座った榊莉乃が、芯の強そうな声を発する。

 いつか演説であわあわしていたナゴヤ市議会の猛女は思っていたより小柄で、スレンダーな身体をしていた。32歳という年齢の割に幼い印象のある顔には丁寧に化粧を施していたが、やや性格的にきつい印象を受けた。

「なにぶん無職なもんで、世情には疎くてな」

 こういう、“大人同士の話し合い”は苦手なのだが、俺くらいしか堅気の人間がいなかったために駆り出されてしまったようだ。結成して数時間とはいえ、霧島組、人材不足甚だしい。

 案の定、俺の生意気な口ぶりに気分を害したらしい榊が咳払いを一つして、話を本題に移した。

「本日は、川上の独裁を止められる情報を提供してくれるとの話でしたが、それは―――」

「安藤さんからの土産のことなら、これだ」

 俺は言って、USBメモリを榊に渡す。知事から「安藤とは誰かね」と訊かれた榊は、切れ長の鋭い目で俺を睨んできた。どうやら、ヤクザとの付き合いはボスにも隠しているらしい。

「あまり気にするな、知事さん。うちの若頭だよ」

「はぁ……」

 非常に薄い反応を返してきた大島に対して、榊がびくりと身体を震わせたのが面白かった。案外、ウチのアンドロイドと似たような性格なのかもしれない。

「話を進めましょうか」

 再び咳払いをして、俺に熱い視線を送ってきた女性に免じて、現在の状況を話すことにする。

「ヤクザはいい加減、川上と手を切りたがっている。飯塚の警察での求心力も、最早ない」

「つまり、奴を攻めるなら今だ、ということか」

 大島が応じる。川上よりも若く、安藤よりは年上に見える。だが脂ぎった爺に比べると、どうにも人相が柔らかすぎるように思えた。安藤風に言うと、押し出しが足りていない。

「そういうことだが、まだ問題がある。連中が信仰している新興宗教だ。今や全国的に影響力のあるプライベートエデンがある限り、あいつらはどんなことでもしてくる。つい昨日も、俺の仲間が撃たれた」

「一宗教団体が武装しているのか!?」

 知事の声がひっくり返った。荒事は苦手らしい40前後の優男は、やはり川上のあの泰然自若ぶりと比べると、やや役者としての質が落ちるように思えた。

「それでだ、俺たちが今日中に奴らのところに乗り込んで、PEを潰してくる。それまで、川上たちを抑えていて欲しい」

「つ、潰す……?」

 俺の言葉でPEの前に肝を潰したらしい大島が、困ったように榊の方を見る。年増趣味は無いが、見ようによってはクールな魅力を備えている目が俺を見据えた。

「ここでの発言はオフレコだけど、内容によっては警察に通報されるわ。気を付けなさい」

「あんたらに迷惑はかけないさ。心配するなあねさん」

「誰が姐さんよ!」

 ヤクザとの癒着を指摘されたことで神経過敏になっているのか、榊が声を荒げる。

「君も発言には慎重になった方がいいね」

「……はい」

 部下の居住まいを正させた知事が、俺に訊く。

「この件に関して、私は一切関知していないことになっているが、敢えて訊きたい。君は、何者なのだね」

「エクスペンダブルズさ」

 知事がきょとんとする。こういうジョークが刺さらなかったときほどこたえるものはない、と思って右隣を見ると、榊が先ほどの怒りなど忘れたようにプッと吹き出した。

 興味深くその反応を見る俺の視線に気が付いたのか、慌てて表情を真顔に戻す榊。

「なにか言いたいことがあるの?」

 そして、棘のある声が飛んできた。が、口調が崩れているせいで、迫力はない。

「いや、一回りも離れた女性に失礼なことは言わないさ」

「口には出さないけど、考えはしたってことね―――って、あなた二十歳!?」

 三十二歳の女議員さんの素っ頓狂な声が車内にこだました。

「声が大きいよ」

 大島から冷たい一瞥を送られ、榊はさっと俯き、小さな声で呟く。

「申し訳ありません……」

「大人になっても、“先生”からは怒られるのか」

 俺の感想を聞いて顔を上げた榊の顔は、また少し怒りで赤くなっていた。この感情の乱高下ぶりは、30年生きても少女のようなアンドロイドを思い起こさせた。

「そうよ。お勉強になって良かったわね」

「榊君!」

「はいっ、すみません」

 こらえきれず、今度は俺が吹き出した。いよいよ榊が噴火しそうになるが、俺は彼女に笑みを寄越してこう言った。

「悪かった。今度の選挙の時は、アンタに入れるよ」

 途端に毒気を抜かれたような表情になった榊が、大島の方を見た。大島は「いい選挙活動になってよかったじゃないか」と言った。いろいろと川上の後塵を拝している知事だが、冗談のセンスは、こちらが上だ。

 榊はふぅ、と息を吐くと、今日会って一番の晴れがましい顔つきで言った。

「分かったわ、シルヴェスター・スタローンさん。お仲間を連れて悪者を倒してきて。川上には、手出しをさせないように全力を尽くします」

「頼んだ」

 そこで、話がまとまった。車が止まり、地下鉄の12番出口のところで下ろされる。だが、その前に言うべきことがあった。

「最後に一つだけいいか、お二人さん」

「どうしたの?」

「叶わなければそれでいいんだが、もしできることなら、頼みたいことが一つあるんだ」

 榊と知事に、俺は一つの“報酬”を望んだ。かくして次なる街の支配者に躍り出ようとする二人の政治家は、なかなかのリアクションを見せてくれた。

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