第九話 アン・イミテーション・エターナル・ライフ

1.霧島組

 俺は、安藤の案内でやってきた病院(という名の雑居ビルの一室)で、輸血用の血液を抜く太い針を左手に食らった。

「本当に、ありがとうございました」

「それはもういい。それより、答えはでたのか」

 モグリの医者によってベッドに転がされた状態で、脇に座る安藤に選択を迫る。

「サブさん、お仲間のことなんですが」

「話を逸らすな。組長と俺、どっちが大切なんだと訊いているんだ」

 めんどくさい女のようなセリフを聞いた安藤が、渋面を作る。

「しかし、あのバカ力のポンコツがいるのに、よくPEの連中は誘拐なんてできたもんだな」

 ヨンジーとシーナは、どうやら一日入院ということになりそうだ。イブはピンピンしていた。

「そのことなんですが、どうやらあのイブって子、こいつを連中に食らわされたようで」

 言って、安藤が取り出したのは、手のひら大の機械だった。

「スタンガンか」

「人に使ってただで済むような出力ではありませんがね。お持ちになりますか」

「なんで俺が」

「痴話喧嘩になったら、勝ち目がないでしょう」

 ニヤニヤとした笑みを浮かべ、安藤がスタンガンの先で俺の前髪を留めたヘアピンをこつん、と叩いた。

 それを針の刺さっていない右手で奪い取ると、もう一つ、声が降ってきた。

「女の為ですか」

 安藤の問いに、的確な答えを探しあぐねている俺は、横向きだった視線を天井へと移した。病院の壁は、かつて白かったことをわずかに思わせるが、染みだらけで、ひどく汚かった。

「正確には、『どの女の為に、行かれるおつもりですか』ということですかね」

 黄ばんだ天井に、イブとシーナと、それにもう一つの顔が浮かび上がった。

「―――そうだな……、強いて言うなら、自分の為ってところか」

 つまらない答え方をしたつまらない男に、ヤクザの若頭は、四十路らしい皺の刻まれた目を細めて言った。

「女の為に生きるのも、悪くないものですよ」

 頭も切れ、目端も利くが、その不器用な愚直さ故に死にかけた男のロマンチックな発言に、俺は何か茶化す言葉を言ってやろうと思ったが、ここでも上手く口が回らなかった。

「なんて、女一人を手放したくなくて死にかけた野郎が言うセリフじゃないですかね」

 そういって自嘲気味に笑う安藤を、しかし、俺は笑えない。

「あんたは、手放さなかったものな」

「あなたもです」

「……」

 そうして会話が途切れた瞬間に、400mlの血液が抜けた。小さな無免許老医者が、乱暴に針を抜いて俺の血を強奪していった。

 左腕を押さえてベッドから起き上がると、安藤が俺の目を真っ直ぐに見つめていた。この目の色を、俺は以前にも見たことがある。この男が、俺をリクルートしてきたときのものだ。

「俺たちは、似たモン同士です」

「心外だが、その通りらしい」

 俺はそう言うと、ベッドから降りた。血を抜くのは初めてではないが、しっかりとした施設で献血するのとはわけが違うらしく、床に立った瞬間、足元がふらついてしまった。

「おっと」

 安藤が俺の身体を受け止め、肩を貸してくれながら、言った。

「―――カチコミに、行きますか」

 こうして、秘密裏且つ期間限定で、超小規模組織『霧島組』が結成された。

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