3.ヨンジー


 元々背は高い方で、ボーダー柄のシャツからはスタイルの良さを強調する凹凸がよく見えるし、ショートパンツからは真っ白な足を惜しげも無く出している。ところどころに赤のカラーリングを入れた茶のショートヘアも含め、高校一年生だったあの頃と比べて、大分垢抜けたと思う。

 しかし、口の悪さは相変わらずだ。

 ヨンジーがバンドマスターを務めるロックバンド・ネクサスは、10代のバンドコンテスト『ユースロックフェスティバル』の第一回大会で優勝。その後一年間ナゴヤを中心に活動した後、本国の大手芸能事務所とレコード会社にスカウトされ、帰国した。

「アルバムは聴いた。大分アレンジャーとやり合ったな」

 アマチュア時代はパワーコードのギターで押しまくる青春パンク的なジャンルのバンドだったが、昨年出たデビューアルバムではEDMの要素が強い曲も収録されていた。やりたい曲より売れる曲を。メジャーデビューの弊害というやつだが、それでもかなり我を通し、善戦していた印象だった。

「ホントそう。作ってる最中、スタッフ全員ぶっ殺してやろうと思った」

 このわずか数分のやり取りで、既に二回、「ぶっ殺す」という単語が飛び出したことに、俺の両隣で座している同居人たちが怯えている。俺はできる限り柔和な話題にしようと努力する。

「しかし、ネクサスの直情的なところはそのままだった。海外で賞も獲れたし、概ね、良いアルバムだったんじゃないか?」

「賞なんか出来レースだぞ。あの黒人の司会者、ヨニの尻触ってやがった。いつかぶっ殺す」

「おう……」

 まぁ、バンドのベースへのセクハラは看過できない。ただし、憤り方が極端すぎる。イライラとした手つきでお茶を啜っている少女の様子を、何故か部屋の隅に並んで座している三人と一匹が神妙な顔で伺っている。

「このお茶、誰が淹れたんだ?」

 お茶を一息に飲み干したヨンジーの視線にさらされたユウが持ち前の人見知りで身体を震わせる代わりに、シーナがいつも通りの間延びした声で「あたしです~」と、手を上げた。恐れるものが無いというのは強いな、と思った。あと、レノンはもう諦めたのか、頭の上で寝息を立てている。

「そうか。美味いな。ありがとう」

 一言ずつを丁寧に切るような、ヨンジー独特の発音方法で言った後、小さく並んだ歯を剥き出して笑った。小さな顔がくしゃっとなって、年相応の少女の笑顔が形作られる。

「猫を頭に乗せると美味しく淹れられます」

「そんなわけあるか」

 頭上の猫をポンポンと叩きながら言うシーナのお茶汲み理論に突っ込む俺に、イブもユウも笑った。ようやく和やかな時間が訪れた。

「で、サブ、そこの女はなんだ。ぶっ殺すぞ」

「続かねぇな!和やかな時間!!」

 思わず叫んでしまった。なんでこいつはさっきからそんなにイブに突っかかるんだ。

「そっちこそ誰なの?さっきから物騒な事ばっかり言って」

 先ほどからやられっぱなしのイブが反撃とばかりに言い返した。ここでヨンジーが喋るとまた面倒なやり取りになりそうなので、俺が紹介する。

「イブ、こいつはヨンジー。さっきお前が読んでいた記事に出てきたネクサスってバンドのギターボーカルだ。

 ヨンジー、こいつはイブ、それにこの猫帽子を被っているのがシーナで、V系バンドマンみたいな髪型している奴がユウだ。それぞれに訳あって俺の家に住まわせているが、深い意味は無い、ただの同居人だ。あと、家主の婆ちゃんは去年死んだ。今はシーナの頭の上に乗っかっているアレがそうだ」

 自分でも適当極まりないと思う紹介に、イブは仏頂面で軽く会釈し、シーナは恐らく何も考えていない笑みを浮かべ、ユウが部屋のどこでもない一点を凝視したまま動かないことを確認したヨンジーは、無表情で俺に向き直った。

 また虫の居所を悪くしたか。と、ぶっ殺発言を覚悟したが、ちゃぶ台を隔てて胡坐あぐらを掻いている毒舌少女は、その口を真一文字に結んだまま、俺に挑むような視線を投げつけている。

「―――ん」

「え?どうした?」

 小さな唇が震えて、言葉を紡いだが、何を言ったのか判然としない。俺が訊き返すと、ヨンジーはさらに目を見開き、俺を睨みつけながら、泣いた。

「ごめん……あのお婆ちゃん、死んじゃったんだな。いないのが不思議だった。なのにさっきから死ぬ、殺すって何度も言って、ごめん……」

「へ?」

 言葉と共に大粒の涙を零しながら、ヨンジーが謝罪している。俺は横目でイブたちの呆気にとられた反応を見ながら、気性の激しい女の子を慰めにかかる。

「いや、殺すとは言ったが、死ねとは言ってない。それに、婆ちゃんが死んだのは突発的な病気だ。生前はヨンジーたちのデビューを喜んでた」

 我ながら酷い口下手ぶりである。特に後半のセリフがいけなかった。それなりに交流のあった人物の他界に、涙腺が完全に決壊したらしい。二時間ライブでシャウトしっぱなしもお手の物である強い喉から盛大な鳴き声が響き渡った。

「うわぁぁぁぁ~ん!!!!할머니 미안해요 애도 드립니다 제 바보~!!」

 泣きじゃくるヨンジーから漏れ出している言葉は彼女の母国語だった。推測だが、『ごめんなさい、お悔やみ申し上げます』的な事を、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった、とても映像では見せられない顔で言っている。

「おい、ヨンジー、顔が土砂崩れになってきているぞ。いい加減泣き止め―――」

 と、言ったそばからさらに大きな慟哭が聞こえてくる。以前にもこんなことがあったなと思いながら、俺は、すがる思いで同居人たちの方を見た。

 が、案の定ユウはオロオロするばかりで、シーナもどうしていいか分からない様子。レノンはいつもの如く、人間共のやり取りにつまらなさそうな顔で欠伸をし、イブは―――いない。

「あれ?」

 どこに行ったのかと思ってヨンジーの方に目を向けると、イブは彼女の背後にいた。慈愛に満ちた笑みを浮かべ、ヨンジーを後ろから抱きすくめた。茶髪にメッシュを入れたショートヘアを優しく撫でながら、耳元で囁く。

「ヨンジーさん。あんまり泣いてると、天国のお祖母さんに心配されますよ?」

 やはり、なんだかんだ言って人生経験に於いては年季が入っているイブの抱擁に、ヨンジーの嗚咽は次第に落ち着いて行った。

「最初はちょっと怖い人かと思ったけど、優しいんですね。ほら、もう泣き止んでください。あちらにお祖母さんの仏壇がありますから、ご挨拶しましょう」

 小刻みにしゃくり上げるヨンジーが、イブに支えられながら泣き腫らした目で立ち上がった。

「本当に変わっていないな。泣き虫なところも」

 二年前のあのステージの後、やはり同じように泣いていたことを知っている俺の茶化しに、あくまで気の強いままでいたい少女は無論、こう答える。

「うるさい……ぶっ殺すよ」

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