3.捕捉
「そう簡単にはいかないか」
「むしろ、見つかったら奇跡だと思うよ」
ユウが持って来た、一本いくらもするペットボトルの飲料水を飲みながら話す。真水特有の、喉越しの悪さが全くない。
「砂場で小石を見つけるようなものだよ」
「そこまでの難易度じゃないさ」
“根本”の“野良猫”は、百人以上いる。まだ三日しかたっていない段階で、追っ手も恐らく諦めていないであろう状況では、市外に出ることは叶わないはずだ。
「まだ、市内のどこかにいる。それも、地下鉄の沿線上に」
言いながら、なんとなしに適当に映し出された画面を見ると、俺は自分の目を疑った。まさか、しかし、あれは確かに―――
「すまないユウ。少しトイレに行ってくる」
そう言ってパソコンの部屋から少し離れると、俺は携帯を取り出し、急いで、五十音順で上の方に設定された名前を呼び出す。奴は金を持っていなかったが、通信機器だけは持っていた。
『もしもし?サブ、どうしたの?』
しばらくコールすると、通話料金は未だ親に払ってもらっているという少女の少し鼻にかかった子供っぽい声が聞こえてきた。
「ウィンドウショッピングをお楽しみのところ申し訳ないんだがな。今日は家の掃除をしてくれるじゃなかったのか」
『え?や、やってる、よ?』
白々しい嘘を吐くイブに、俺は冷笑を返して差し上げる。
「嘘おっしゃい、お母さんは全部見ているんですよ」
『あ、あはは……。サブ、面白ーい……。でも、もう掃除は終わって―――』
消え入りそうな声に俺は大声を上げる。
「こんなに終わるわけないでしょうが!風呂、トイレ、台所だけでかなりかかるし、何よりお前たちが盛大に散らかしてくれた俺の部屋というラスボスが攻略できるわけがない。すぐに帰りなさい!」
『……はい』
俺は鼻を鳴らすと、再度電話の向こうでふてくされているであろうアンドロイドに話しかける。
「なぁイブ」
『わ、分かったよ、もう!うるさく言わないで』
「ああ分かってる。もう何も言わないから、とにかく、気を付けて真っ直ぐ帰ってくれ。何か身の危険を感じたら、できるだけ人通りの多いところを行って、俺に連絡しろ。シーナとはずっと手を繋いでいろ」
『うん……。分かった』
実際のところ、あまり外をフラフラ歩かれると危険なのだ。今でもヤクザたちが尋常ではない警戒態勢を敷いている。
「夕飯までには帰る。昼は何か適当に弁当でも買ってこい。それまで、おとなしくしていてくれ」
『……はい。待ってるからね』
何故だかしおらしく返事をして、イブは電話を切った。と、俺は妙な引っ掛かりを感じた。何が違和感の元だろうかと探りながらユウの元へと戻る。
「どうしたの?誰か知り合いでも見つかった?」
「ああ、あんな人ごみの中なのに―――」
そこで気付いた。そうだ。人気のない場所では、却って目立ってしまう。
「ユウ、検索条件の変更だ。繁華街や大通りの映像を持ってきてくれ」
そしてさらに一時間ほど目を皿のようにして映像を見つめ続ける。
「―――いたぞ!」
俺が知っている“野良猫”の少女、キイが、サカエの大通りを仲間と二人組で歩いていた。人見知りな小動物のような女の子で、ナゴヤ駅前の柱の陰に隠れるように俺の歌を聴いていた。
「捕捉した。この中学生くらいの女の子を追いかける」
「サブ、意外とストーカーの才能があるよ」
ユウが軽口を叩きながら丁寧に映像を追いかけていく。やがて、二人は店の中に入り、乗ったエレベータが閉まる直前に出るといった、追跡を振り切るような動作を数回行った後、とある建物の中に入っていった。
「ビンゴ。ここだ。ユウ、ありがとう」
言って、労をねぎらうようにユウの頭を撫で回す。―――と、何かべた付くような感触があった。
「ど、どうしたのさ」
椅子に座った状態で戸惑うユウを後ろから抱きすくめた。
「ちょ、どうしたんだいサブ!?」
気にせず、俺は顔をユウの首筋に這わせるようにした後、言った。
「ユウ、お前、臭いぞ」
「え?」
「また風呂に入っていないんだろう。何日だ?」
「い、今、それはそんなに重要な事かな?」
「ああ重要だ。俺は風呂に入らない猫は大丈夫だが、人間は我慢できないんだ」
グッと顔を近づける俺に、ユウは何かを隠す様に、えへへ、と、愛想笑いをした。
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