3.家のルールと毛むくじゃらの家主

 弁当を買い求めてからさらに歩いていくと、県庁所在地でもあり、政令指定都市でもあるナゴヤの住宅地で異彩を放つ、まるで戦後70年を生き抜いてきたような二階建て木造建築の一軒家が現れた。

 興味深そうに家の外観を眺めるイブに「去年死んだ祖母の家だ」と言っておく。

 高校に通い易いからと移り住んだのはもう五年前。その高校を一年と経たず中退してからは、バイト先への通勤の便が良いという理由で住み続けていた。そして昨年、急病で他界した祖母もいなくなり、本格的な一人暮らしをしているという状態だった。いや、正確には“家主”がいるが。

「さて、今から家の中に入るが、ルールがある。俺がドアを開けたら、急いで中に入るんだ。良いな」

「どういうこと?」

 シーナを一旦下ろして鍵を取り出しながら、俺はキョトンとした顔のイブに言った。

「入れば分かる」

 鍵穴に交通と家内安全のお守りが付いたキーを差し込み、開錠すると、俺はドアを勢いよく開け、二人を中へと促す。

「急げ」

 ほぼ一年ぶりに招き入れた客人と共に、俺も素早く玄関へと体を滑り込ませる。

「どうやら間に合ったようだな」

 中に入って胸を撫で下ろす俺に、イブが訝しげな顔で訊く。

「ねぇ、どういうこと?なんで早く入らないといけないの?」

 それには答えずに、無言で玄関の廊下から近づいてくる物体を指差した。

「わぁ、猫だー!」

 数百メートルを俺に背負われたことで少し回復したらしいシーナが、出会って一番の大きな歓声を上げる。俺は不満そうに鳴きながら近づいてくる白地に茶色の模様がある雑種の猫を抱き上げ、言ってやった。

「悪いな、レノン。婆ちゃんからの遺言で、お前を外には出せない」

 俺の腕の中で恨めしそうに喉を鳴らすレノンにシーナが目を輝かせている。どうやら動物好きらしい。

「シーナ、こいつは人に慣れない猫だ。下手に手を出すと引っ掻かれるぞ」

 爪を立てんばかりの勢いで盛大に暴れだしたレノンを床に下ろしてやると、シーナが目を輝かせて玄関の敲きで毛繕いを始めたレノンに手を伸ばした。

「危ないよ、シーナ」

「だいじょぶ」

 イブの忠告も聞かず差し出された小さな手は、しかし、予想に反してあっさりとレノンの頭上に乗った。

「可愛いな~。よろしくね、レノン」

「……まぁ、例外もあるか」

 全くの無抵抗で幼女に撫でられ続けるレノンを見ながら、三年間全く懐かれることの無かった自分を納得させるように言うと、気を取り直してこう続けた。

「この家のルールその一、『中に入るときは素早く』だ。あの“家主”はいつだって逃げ出そうとしているからな。さぁ、靴を脱いで中に入れ」

 玄関からすぐには二階に続く階段があるが、そこは後回しにして左手の引き戸を開ける。まず現れたのがちゃぶ台とテレビが置いてある畳張りの居間だ。そこからさらに引き戸を開けると、仏壇のある床の間。そこを抜けた先に台所と洗面所、それに風呂とトイレがある。

 俺は五年前と昨年死んだ祖父母の遺影が飾られた床の間に二人を案内し、仏壇の前に座らせる。

「この家のルールその二。『家に帰ったら元家主に挨拶』だ。婆ちゃん、ちょっと騒がしくなるが、許してくれ」

 正座をして、手を合わせながら告げる。イブとシーナもそれに倣う。

「さて、まずは昼飯にするか。お前らの話を聞きたい」

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