7.記憶2
まどろみの中、目を覚ました俺は五歳だった。むくりと起き上がったベッドの上ではワンピース姿の女の子が安心しきった顔で寝息を立てている。
時刻は四時。まだ陽はある上に、今日は涼しい。この子を外に連れ出すなら今日だ、と思った。
大人たちが集っている一階のリビングに向かった。コの字型に置かれたソファの左端に座った父親に向かって交渉を開始する。
「ねぇ、お父さん、蝉取りに行っていい?」
「ああ、いいよ」
「なっちゃんと行っていい?」
「サブ……」
途端に眉間に皺をよせ、難しそうな顔になった父親に不満が募る。
「なんでダメなの?ねぇ、おじさん」
アンティーク調の机を挟んで、丁度父親と対面する形で一人掛けのソファに座った“おじさん”に話を振る。
「う~ん、どういえばいいのかなぁ……」
「こら、おじさんを困らせるな。いいから、外に出るときは一人にしなさい。それか、お父さんが一緒に行くから」
父親の頭ごなしな言いつけに、さらに機嫌を悪くする。誰にも言えないことや言いづらいことがある、ということがまだ分からない頭には不満しか残らなかった。
「ごめんなさいね、サブくん。あの子、身体が弱いから、外には出られないの。―――そうだ、お菓子作ってあげようか?」
長椅子に腰掛けた“おばさん”が申し訳なさそうに言う。その隣で、俺の母親が、まだ赤ん坊と言っていい弟をあやしている。
「ううん、いい。なっちゃんも寝てるし」
大人たちでは話にならない。そんな風に考えたのかもしれない。とにかく幼かったと思う。これから俺は、なっちゃんを起こしに行くのだ。変えられないが、それでも心の中で、あらんかぎりの叫び声を上げ続けた。
(やめろ、やめろ、やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ)
「やめろぉ!!」
自分の叫び声に目が覚め、俺はカラカラになった喉で荒い呼吸を繰り返した。
嫌な夢だと分かって起きられないのはいつもながら辛い。肌に冷たい風を感じる。開け放ったままの窓から、じりじりと蝉の鳴き声がする。俺は寝汗をかいた服を脱ぎ捨てながら時計を見る。朝の五時。こんな夢ばかり見ているせいで、早起きに苦労したことは無い。だが、どう考えても不健康だった。
寝癖の酷い頭を掻きながら、ベッドに腰掛ける。携帯を見ると、日付が7月1日になっていた。
今日から夏か、と思う。小さなころから、何となく、夏は七月から始まるものと認識していた。家の月別カレンダーに『なっちゃんの家に行く日』と書かれていたからかもしれない。
「なっちゃん―――」
誰ともなしに、旧い親友の名を呼んだ。
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