6.帰宅
「……ただいま」
一年前に祖母が死んでから、一人暮らしとなった家に帰ってくると、さらに徒労感が押し寄せてきた。週六日勤務は人間性を摩耗させる。即刻法律で規制すべきだと思った。
近くのスーパーで割引弁当を買っておいてよかった。炊事をする気にはなれない。まぁ、その気になったところで、料理の為に振るう腕は持ちあわせていない。
から揚げやらシュウマイやら、とりあえず腹を満たすためだけにあるような脂ぎったおかずを口に放り込み、咀嚼する。不味くはないが、美味くもない。
もそもそと食べていても侘しいので、気晴らしにTVを点けるが、特に観たいと思えるものも無い。かくして、“何となく”の極みである公共放送のニュースにチャンネルを合わせる仕草となる。
丁度ローカルニュースの時間で、市の定例会見が映し出されていた。ナゴヤ市長川上幸喜の、熊を思わせるのっそりとした顔が大写しになっている。
『―――と、いうことで、やっとかめ東洋フィルムさんという大企業を誘致して雇用情勢も良くなってきとるのです。ということは、外国からの移民を受け入れる余地もできた、ということです』
市民からの人気につながるからと、わざと微妙に訛りを加えた、温厚そうな語り口で今後の政策について話す面の皮の奥には、ヤクザと通じ、警察を取り込み、市議会議員のほとんどをイエスマンで固めた豪胆で獰猛な政治家としての野心が燃え盛っている。と、つい、そういう目で見てしまうので、“市民に人気の市長”というイメージでこうしてTVに映っているのを見ると、おかしな気分になる。狂っているのは街の方ではなく、俺の方かも知れない。
『―――こう述べた市長はナゴヤ市の経済活性化をさらに進めるため、外国からの移民を多く受け入れたい構えを見せていますが、それに真っ向から反対するのが市議会議員で保守系の政治団体『国民を愛する会』の支援を受ける榊莉乃議員で―――』
スタジオで原稿を読むアナウンサーにカメラが移り、俺はTVを消した。弁当は1/3ほど残っていたが、これ以上食べる気にもなれない。
再び静寂に包まれた家の中で、俺はわざと大きなため息を吐いて立ち上がった。
狂っている、などと思ってはいるが、正直なところ、どうでもいいのだ。その時々の政治情勢など、なるようにしかならない。金も権力も無い人間は、乗せられた世界の上で生きていくしかないのだ。
そんな風に考えながら、弁当をシンクに持って行って片付け、二階の部屋に行く。
綺麗にしているというより、単に物が無くて殺風景なだけという六畳間の窓を開け放ち、ベッドに横たわる。
「はぁ」
疲労をため息として吐き出し、少し薄暗くなり始めた電燈を呆然と見つめる。前髪の間から見る消えかけた光も、ずっと見つめ続けていると眩しくなってくる。
「よっこらしょ」
ベッドから起き上がる。
―――その、なるようにしかならない、ということが嫌だったのかもしれない。こちらから、世界を動かしてみたいと思って、音楽を始めたような気がする。俺は部屋の隅に立てかけてあるギターを手に取った。
適当にコードを押さえ、軽く弾く。この乾いた音の一つ一つで、世界が変わることは無い。そんなことは分かっている。だが、俺の世界を少しだけ変えてはくれた。
それでいいじゃないか。そういうことにしておこう。俺はギターを元あった場所に立てかけなおすと、再びベッドに寝転がり、今度こそ、本格的な眠りに落ちていった。
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