第四話 アライブ・オワ・デッド,ラヴ・アンド・ピース

1.庭園

 ヒサヤ大通りに面した場所にある『オーキッドガーデン』は2014年に一旦、街の憩いの場としての歴史に幕を閉じた。その後、間もなくリニューアルオープンする予定だったのが、市の財政緊縮の煽りを受け、開館の時期が伸びてしまっていた。

 木を隠すには森。人を隠すには雑踏。近くに巨大百貨店を構え、毎日何かしらのイベントで賑わっている大通りの“空白地帯”に逃げ込むのは良い策だと思った。

 地下鉄メイジョウ線のヤバ町駅に降りると、『進入禁止』の看板を無視して閉鎖された施設へと向かう通路を歩いていく。昼間だったが、電気の止まった道は薄暗かった。

「止まれ!」

 靴音を鳴り響かせながら歩いていると、鋭い、しかし少々緊張に震えた声が飛んできた。だが、俺は歩みを止めない。

「嫌だね。その声はキイか。“かくれんぼの鬼”が来たとボスに伝えろ」

 数十メートル進んだところで催涙スプレーや金属バットで武装した少年少女の二人組が見えた。そのうちの細身でボーイッシュな服装の少女・キイが、俺の姿を見て驚く。

「サブ!?なんで?」

「お前たちのボスが逃がしたシーナとイブを預かっている。ウチのエンゲル係数が上がってしょうがないから、引き取ってもらいに来た」

 その言葉に、ずっと黙っていた迷彩色のバンダナを巻いたストリートギャングのような出で立ちの少年が反応した。

「シーナとイブは無事なのか」

 歳の頃なら16歳くらいか。よく絞まった腕に携えた金属バットが飛んでこないよう、俺は慎重に言葉を選ぶ。

「ああ、ちょっとシーナに包丁が刺さったが、健康に問題はない」

 少年とキイが顔を見合わせる。この反応、シーナの“体質”については知っているようだ。少年が問いを重ねる。

「なんで、二人はいないんだ?」

「親元から預けられた子供について話し合うときは大人同士と相場が決まっている。いいから、黙って“パパ”のところに俺を連れていけ子猫ども」

 少年が刃のような目を見開いた。こうしたやり取りでは、慎重さの中にも大胆さを持つのが肝心だと心得ているが、少々やり過ぎたかも知れない。

「下手な真似をしたら殺す。付いて来い」

 だが少年は親の言いつけに従順らしい。俺は両手を上げる。

「“根本”と、ブルースの経済状態はよく知らないんだが、養育費はいくらくらいまでなら払えると思う?」

「うるさい、黙れ」

「そうつれないことを言うな。俺はサブ。この街で路上ライブをやっているミュージシャン崩れの無職だ。少しは親近感が湧くだろう。お前の名前は?」

 反応は無く、俺は鼻からふっと息を吹き出すと、言われた通りに黙ってブルースの“庭園”へと足を動かした。

 

 ガラス張りの天窓から陽光を一杯に受け入れる美しい蘭の庭園は、手入れがなされておらず、草木が生い茂るジャングルと化す一歩手前の状況だった。

「草むしりを頑張ったか。キイ」

 通路になっている石畳を二人の“野良猫”に挟まれる形で歩きながら、俺は右斜め前を歩く小柄な少女に尋ねる。

「うん。まぁ」

 自立心旺盛な“野良猫”たちの中にあっては引っ込み思案なところがある少女を、バンダナの少年が咎める。

「キイ、余計なことを喋るな」

「う、うん」

 錐で刺すような声に、キイが怯えたように返事をするので、俺は場を和ませるため、左手を歩き俺たちを先導する迷彩バンダナの少年に言ってやる。

「そう年下の女子相手にピリピリするな、リラックスしろ。なんなら、歌でも歌ってやろうか?」

 わざとらしく発声練習を始めた俺に、剃刀のような視線を向けてくる少年を無視しつつ、周囲を見渡す。広い庭園のあちこちに人の気配がある。どうやら、“野良猫”の巣に入ったらしい。

 暫く歩くと、開けた場所に出た。丁寧に刈り込まれた草木が、俺たちを取り囲んでいる。その中央に木製のベンチがあり、“ブルース”はそこで、静かに座っていた。

「トウマ、キイ、ご苦労だったね。トウマは入口の見張りに戻ってくれ」

 声がこもって聞こえるのは仮面を被っているからだ。黒のスーツに、同色の縁の広い帽子という出で立ちを見て、俺はとりあえず「暑そうだな。夏物の仮面は無いのか」と、言ってやる。

 トウマと呼ばれた少年が、警戒を解けないでいる様子で俺を睨みつけた。

「ブルース、こいつはシーナとイブを―――」

「分かっている。案ずるな、彼はこの街では数少ない我々の“味方”だ。私は大丈夫だから、早く戻りなさい」

 口調は優しいが、“野良猫”たちの“親”らしい威厳も放つブルースの声に、トウマがすごすごと下がっていく。

「トウマ、今度は路上ライブで会おう」

 帰ってきたのは舌打ちだ。俺は苦笑し、紳士用のステッキに持つ男の方に向き直る。

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