第二話 ネバー・ダイ・トゥー・ガールズ
1.剛力アイドル
「ええ~~~……」
俺の困惑の限りを表現した声に、自分の痛い自己紹介が滑ったことを察したのか、“永遠の十七歳”らしい駆け出しアイドルは、その自称より少し幼く見える顔を赤くさせながら、珍妙なポーズをゆっくりと解いていった。
「……」
「……」
「……」
こういう沈黙が最も嫌なのだが、俯く新人アイドル、イブの隣で彼女の制服の裾を掴んでいる小さな少女も含め、お互いに何も言えないまま、悪戯に時が過ぎる。
「まぁ、なんだ。とりあえず、そこからだと遠いからこっちに来い」
もう夏になったというのに俺たちの間には冷たい隙間風が吹いていたので、せめて物理的な距離だけでも埋めようと思い、俺が立っている車道側の道に二人を手招きする。
全体的に造形の小さな顔の全面を紅潮させている女子高生を「イブお姉ちゃん、行くよ」と、小さな少女が引っ張ってくる形で、二人がこちらに来た。
「さて、自己紹介がまだだったな、俺は霧島三郎。呼び方はサブでいい。十七歳さんの本名は―――」
俺はギターをケースに仕舞いながら、イブと名乗った少女に話しかけるが、顔の体温が上がり過ぎてフリーズしてしまっている。
「仕方ない。小さい方のアイドルさんは、なんてお名前だ?」
「……シーナ」
見た目は7、8歳くらいの、ディスカウントストアで売っている無地のシャツと短パンを来た栗色の癖のある髪の毛の少女に話しかけると、緊張気味の、か細い声で自己紹介が返ってきた。人見知りしているというより、前髪のせいで目がほとんど見えない俺が怖いのだろう。俺は目線をシーナのところまで下げるため、地べたに座り込む。多少不衛生だが、仕方ない。
「安心しろ。こんななりだが、家出少女の扱いには慣れている。まずは、お家はどこだ?お父さんとお母さんはどこにいる?」
やや汚れた衣服と、手入れの行き届いていない髪質を見て、家出した少女の二人組と判断したが、シーナの答えが少し予想と違った。
「いない」
「両親が、ということか」
小さな顔がこくん、と頷いた。なるほど、これは少し厄介だ。
「おいくつかな?」
「十歳」
これも予想外。実年齢に比して小さ過ぎる。栄養が足りていない生活環境にいたせいだと推測する。
ふとそこで、俺の考えが最も厄介で面倒な事態に行き当たってしまった。恐る恐るシーナにこう訊く。
「まさか、“根本”から来たのか?」
その言葉を聞いた瞬間、柴犬の様に黒目の多い瞳を大きく見開いたシーナが、肩から下げた小さな鞄から小さく折り畳まれた紙切れを差し出した。
「……これ」
それを受け取った俺は、その文面を読んで、数秒で目を背けた。
「―――なんてこった」
俺はそう言いながら、再度手の中の紙に書かれた走り書きを読む。
『この子は野良猫だ。ある者たちに追われている。どうか、助けてやってほしい。 “根本”のブルース』
そうなるな、と思うほどに予想が当たってしまうものだ。俺は自然と眉間に皺が寄るのを感じた。
簡潔、且つ、ある程度この街の裏事情に通じていないと全く意味が分からず、知っていれば事の厄介さに気が重くなる非常に優れた手紙だ。事実、俺の心境は先ほどからずっと実体のない重りを付けたようになっている。
市長が二代に渡る剛腕で改革を推し進め、経済が活性化したナゴヤが抱える問題の一つが、身寄りもなく孤児院にも行けない『マンホールチルドレン』の増加だ。
この街ではそんな“野良猫”と呼ばれるホームレスの子供たちを、街の地下最下層に位置する地下鉄サクラ通り線よりさらに深くに作られた地下街“桜の根本”で匿っているのが、手紙の差出人“根本のブルース”だ。
そんなところに手を出して何になる。中卒の無い頭で考えても、碌でもないことになることだけは分かる。
「どうしたの?」
伸びすぎた前髪の間から、シーナの不安気な表情が見えた。俺が難しい顔をしていたのだろう。
「いや、大丈夫だ。とりあえず、警察にでも駆け込むか」
考えていても仕方がない。とりあえず国家権力に頼ることに決めた俺は、次なる行動のため、腰を浮かせる。
「あの、私は―――」
女子高生の方が何かを言いかけたので、俺は立ち上がりながら言う。
「新しい自己紹介が思いついたか?永遠の十七歳さん」
「いやああああ!もう言わないでえええ!!」
「おっと」
俺のおちょくりに対して、頭から湯気を出さんばかりに沸騰したイブがそう叫んで飛び掛かってきたので、反射的に避ける。
しかし次の瞬間、何か鉄が折れたような音がした。
「え?」
何事かと、その音がした方を向いた俺は、そのまましばらく口を開けたまま動けなくなってしまった。
「ああ、またやっちゃった……」
俺のすぐ近くに立っていた速度制限の道路標識を、その細い腕と拳で叩き折ってしまったイブが項垂れながら言う。
「な、な……」
俺は無残にもその役目を強制的に終わらせられた標識とバツの悪そうな怪力少女を見比べ、為す術もなくこう言った。
「……なんてこった」
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