第一話 エヴァネッセント・サマー

1.記憶

 ―――2001年、7月。


 木目模様の階段を上って、右から二番目の部屋。ドアを開け、ベッドと机が置かれているだけの六畳ほどの寝室に入る。まだ生活感の無い、ログハウス特有の木の匂いが鼻腔をつく。この家は“夏の友達”のために建てられた別荘で、まだできて間もない。

 友達と始めた二人きりのかくれんぼは楽しかったが、そろそろ飽きてきた。早く終わらせようと、手始めに部屋の壁際にある取っ手を背伸びして掴み、クローゼットを開けた。

 ―――いない。

 衣服すら入っていない。続いて、窓際に置かれたベッドの下を覗く。

 ―――いない。

 大抵、父親の部屋に逃げ込んでいると思っていたが、ここではなかったのか。屈んでいた体を起こすと、開かれていた窓から入り込んできた柔らかな風を感じた。

 夏だというのに、ここはとても涼しかった。友達は、だからこそこの地に移り住んだのだと聞いた。

 色々な食べ物を擬人化したキャラクターがプリントされたTシャツをぱたぱたとさせ、素肌に風を煽ぎ入れながら、真っ白なシーツの上に、ころんと寝転がる。アンティーク調のシーリングファンが回る天井を見つめながら、ふと気づいて上半身を起こす。目の前には真っ白なカーテン。

「みぃつけ、た!」

 「た!」のところでカーテンをぎゅっと抱きしめると、そこにくるまっていた小さな人の感触と「キャーッ!」という鈴の音のような嬌声が聞こえた。

「う~、なんで分かったの?サブくん」

 カーテンの中から現れた黒い髪の少女に、風が吹いているのにカーテンが揺れていなかったことを得意げに伝えると、花が咲いたようにつぶらな瞳が見開かれる。

「すごい!すごいね、サブくん!」

 ベッドの上をぴょんぴょん跳ねながら自分を称賛する声に得意になりながら少女の様子を見る。トランポリンのように跳ねる姿が楽しそうだったので、一緒に飛び跳ねる。


「部屋の中でかくれんぼは、つまんないな」

 一通りスプリングで遊んで疲れてしまった。歳は二つほど上らしいが背は自分より小さい少女と一緒に、ベッドの上に再度寝転がり、そう呟いた。

「うん、でも、お外はだめだって、お父さんが――――」

 差し込んでくる陽の光を感じながら、なんで外に出てはいけないのだろうか、と考えた。でも、五歳の頭でいくら考えても分からなかった。ただこの、夏にしか行かない父親の友達の別荘でのルールが、この女の子を外に出さないこと、だった。

「ねぇ、なっちゃん。次は何して遊ぶ?」

 天井を眺めながら少女に訊く。返事が無い。居なくなってしまったのかと思い、慌てて起き上ると、薄青色のワンピースを着た友達は、静かな寝息を立てていた。

 起こさないようにそっとベッドから降りる。安らかに眠る少女の小さな顔を暫く見つめながら、大人たちに外で遊んでいいかもう一度訊いてみようと決めた。


 ―――遠い日の記憶。なかなか外に出られなくても、夏は好きだった。

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