第49話
「クひははははあ! 殺したか、自らの手で殺したか! 流石は殺し屋だなぁ? それとも、それがせめてもの情けだと思ったのか? きき、ははハっ、実に愉快な余興だ!」
大笑する黒いスーツの男に向けて、総司は無言で地を蹴った。手向けの言葉も必要ない。
殺す。
「怒り狂うか、殺し屋が! 殺されて怒るか、恨むかッ!」
破才は吼えながら、同じく向かってきた。ふたりの距離が一気にゼロになる。総司は相手の身体の中心に向けて即座に発砲した。
二度。破裂音が響く。だがどちらも、それ以上の破壊音はもたらさなかった。信じがたい速度で、破才は身体をひねって総司の背後へと回り込んでいた。
「少しは理解できたか、殺される怒りというものを!」
掌を背中に叩き付けられ、弾き飛ばされる。コンクリートの床に転がり、しかし総司はその勢いを殺さぬまま跳ね起きた。背中の傷口が開き、血が滴る感触を味わうが、痛みは感じない。
痛みは感じない。動くことができる。
数歩分は遠ざかった距離に敵がいるのを確認し、総司はまた発砲した。が、やはり破才は銃弾よりも早くその場から移動していた。
迂回するようにこちらへ向かいながら、吼えてくる。
「人体蘇生に興味はないが、こうしてお前に恨みを晴らせるなら、悪くはないものだなァ!」
凄絶な、顔面の造型を変えるほど愉悦の表情を浮かべながら、まさしく銃弾よりも速いと思える速度で、破才は肉薄してきた。
総司は左腕を上げ、振り回された拳を受け止める。しかし肩が千切れたと思えるほどの血が噴き出し、そのまま床の上を転がされた。
追いかけてきた破才の足首に目掛けて足刀を放つ――が、その瞬間に彼は消えていた。上空からの圧力を感じ、今度は自らの意思で転がってその場を離れる。いかにも体重の軽そうな研究員の身体が、異様なほど重量のある音を立ててコンクリートを踏みつけた。
「気付いているだろうが、俺は自らの身体をも改造していた。実はな、蘇生が成功したのはそのためだ。というより、俺の身体はお前に殺されたあの瞬間から、再生を始めていた。ここに運ばれた頃には、半ばほど再生を終えていたほどだ。だが――」
総司は発砲した。しかし銃弾が、破才の身体に到達する直前で消失する。手を広げ、そこに握られた弾を見せ付けながら、彼は言う。
「だが、あの痛みを、苦しみを、絶望を、忘れることはなかった。お前には復讐してやらなければならない。俺を殺したお前を、殺さなければならない!」
破才はその場で腕を振り回し、何かを投げつけてきた。先ほどの銃弾だ、と総司が気付いたのは、脇腹を抉られたあとのことだった。
しかし総司は無視して駆けた。相手がもう一つの銃弾を投げつけるのと同時に、発砲する。それぞれは互いに狙いを外したが、お互いの体勢を僅かに崩させた。そしてそのまま、ふたりは肉薄する。
「殺し屋風情が、私を殺すなどとッ!」
上から叩き付けてくる拳は、避けようがなかった。再び左肩が殴打され、壊れたのではないかと思える衝撃が身体を襲ってくる。が、総司はそれも無視した。無視して、左腕をそのまま相手の手に絡み付けた。
そうして身動きが取れなくなった一瞬で、数発分を発砲する。破才はそれでも辛うじて身をひねり、致命傷を避けたようだったが、一発は腹を削った。
総司の顔面を蹴りつけて強引に飛び退く男のスーツからは、白衣を染め上げる鮮血がどろどろと溢れ出しているのが見える。
総司は同じく血の垂れてくる鼻を拭いながら、立ち上がった。
「っく、ひひ……くくく! お前は、死ぬ……お前が死ぬ方が、早い」
染みを広げる腹を手で押さえながら、破才は嘲り続けていた。勝ち誇り、嘲笑し、狂った怒りを吐き出し続ける。
実際、傷が深いのは総司の方だっただろう。しかし総司は痛みもないまま、満足に動かない身体を持ち上げ、ただ敵を見据えていた。
破才が動く。
「惨めに死ね、無様に死ね! 俺に殺されて、死ね!」
血の帯を引きずるような突撃。その速度は怪我を負ってもなお速い。総司には避ける術などなかった。が、そもそも避けるつもりなどなかったのだから、関係ないことか――
破才の拳が、鉄球でも投げつけられたかと思うほど強烈に、腹部に突き刺さる。内臓が圧迫され、胃液が喉を逆流してくる。意志とは無関係に吐き出された体液は泥のようで、脳に痺れを与えてきた。
しかしその痺れは好都合でもあった。痛みを無視できる。他の感覚も全て無視できる。総司は相手の首を捕らえた。驚愕に目を見開く男の喉を、全力で締め付ける。そして酸素を求めて開いた口に、銃口を差し込んだ。
躊躇う必要もない。男は何か罵声を浴びせようとしたかもしれないが、それを聞く必要もない。総司は即座に、引き金を引いた。
破裂音が響く。男の身体が震えて――
手を離すと、白衣を赤く染めた男は仰向けに崩れ落ちた。総司はそれを見下ろして。
「まだ、息はあるだろう? 脳は破壊していない」
「く、キ、ひひ……」
コンクリートの床に血溜まりを作りながら、破才は狂った顔のまま笑い続けていた。気に食わない笑い声。それをかき消すように言葉を吐く。
「お前を殺せと依頼された時は、できる限り死体を損傷させるなと言われていたが……今はそんな条件もない」
総司は身を屈め、男の目を睨み据えた。
「この意味がわかるよなぁ、おい?」
振り下ろした拳は。避けられるはずもない破才の顔面に突き刺さった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます