第42話

■7

 夢を見ているのかと思った。

 いや――きっとそうなのだろう。夢を見ている。

 最初に見ていたのは、誰かわからない、けれど心底から親しく、信頼し、尊敬し、憧れている相手が、突然に襲い掛かってくるという悪夢だった。

 そして次は……目を覚ますと、寝台のような場所に寝かされていたという夢らしい。

 最初に感じたのは白い光だった。眩しい。今まで目を瞑っていた自分にはとてつもなく不快な眩しさである。周囲はその光のせいでよく見えない。

 辛うじて、自分の寝ている寝台が人の腰ほどより少し高い程度の位置にあるというのはわかった。何しろ寝台の横に人の腰があったのだから。

 目線を上げると、それは見知った白衣の男だった。長身痩躯の、今にしてみれば卑しい顔付きをした、忌々しい、忌避すべき男。

 真っ先に武器を探すが、手元には何もなかった。そして酷く気だるく、身体が錆び付いているように動かしにくい。

 それでもひとまず、殴ろうと思った。そのためにどうにか身体を起こした。

 そしてそこで、白衣の男の隣に、もうひとりの人影があることに気付く。記憶はある。ないはずがない。最初の悪夢で見た。そうでなくとも絶対に忘れるはずなどない。

「兄上……?」

 私は夢の中でそう呟いていた。ただ、呼ぶことには不安が伴った。そう呼んではいけない気がした。理由はわからない。兄上を兄上と呼ぶのに、なんの躊躇いがあるというのか?

 白衣の男はなぜか笑った。反対に兄上は無表情のままだったが――

 突然、兄上は私の身体に覆い被さろうとしてきた。白光の中でも酷く顔色が悪く見える兄上が、無表情のまま私に襲い掛かってくる。

 思い出したのは悪夢だった。最初に見た悪夢、それと同じ光景だったのだ。

 私は咄嗟に、軋む身体に力を込めて、兄上を突き飛ばしてしまった。

 全く不可解だった。そんなことをしてはならなかったのに。兄上になら何をされようと構わないと信じていたのに、本能が兄上を拒絶したのだ。

 信じがたい――けれどそれ以上に信じがたい光景が、私の目の前で起こっていた。

 突き飛ばされた兄上は銀色の、なんらかの器具の乗った台に激突すると……積み木のように、両手足を”バラバラにしながら”転んだのだ。

「――」

 私は悲鳴を上げたのかもしれない。

 けれどわからなかった。夢の中なのだから、全くわからない。

「重傷者だというのに、乱暴だな。しかし、元々これは解体するつもりだったのだから、丁度いいとも言えるか」

 白衣の男が何か言ってくる。それもわからないが。

「おっと、これは珍しいな。無機物だというのに、よほど相性がよかったのか」

 男は感心したように、わけのわからないことを言いながら、兄上の身体を持ち上げた。するとバラバラになったと思った身体に、片足の膝から上だけが残っているのが見えた。膝から下には、棒状になっている。兄上に渡した杖と、よく似た形の、棒状の……

「まあいい。どのみち一時凌ぎに過ぎん。”二つ”同時に結果を得ようとした連中が間違っていたんだ。最初から”一つ”に纏めてしまえばよかったものを」

 わからない。わからない。夢なのだから、わかるはずもない。

「確かお前は兄を尊敬していたようだな。よかったじゃないか」

 男は笑う。夢なのだから、笑うだろう。こんな可笑しな話はない。

「もうすぐ完全な”同一”になれるぞ。」

 もう、目を瞑ろう。きっと夢から覚めるはずだ――

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