第34話

 総司はただ、言葉を失った。一瞬、感情が無になるのを感じる。強い風が吹き、それに全てを持っていかれたような感覚があった。それが正確には、どういった感情によるものだったのか――答えが出る前に、風音は続けてきた。

「そこにあるのは、焼却とはちょっと違ったけどねー。志保沢っていうところみたいに、焼却場がなかったから仕方ないんだよう」

 ちょっとした失敗がバレて、許しを請うような見上げる顔。しかしそれをすぐに、パッと明るく、褒められるべき機転を発揮した、とでもいうようなものに変える。

「だから私ね、すっごい電気が流れる椅子に座らせてやったの。焼くのは火だけじゃない、って閃いて! ……よく考えたら、焼くのに拘らなくてもよかったんだけどね。えへへ」

 きゃっきゃっとはしゃぎながら、言う。

 総司はまだ感情が追いつかなかった。追いつくよりも早く、風音は次々と、新たな感情を積み上げさせる言葉を吐いてくる。

「でもね。ちゃんと縛っておいたのに、そこにあるのは勝手に脱走しちゃったんだよー。そんなの悪いゴミだよね? それに総司の部屋の窓を壊して、汚しちゃうなんて。そんなの、総司は絶対嫌いになっちゃうよねっ?」

 同意を求められたのかもしれない。けれど否定であれなんであれ、それに答える気にはなれなかった。感情はまだ完全には追いつかないが、だからこそか吐き出す声は驚くほど淡々としていた。

「確かにこいつらは、俺を殺そうとしたし、こいつらがどうなろうと知ったことじゃないと思っていた。けど、不思議だな――ちっとも笑う気になれねえ」

「怒ってるの? どうして?」

 心底理解できないように、風音はきょとんと首を傾げる。

 総司は、かぶりを振ることもしない。淡々と。

「どうしてだろうな。けどてめえには、殺意を覚えてるみたいだ」

 大仰な動作などなく、瞬間的に、総司は銃を取り出していた。瀕死の結生を背後にしながら、しかし平坦な激情が、どうしても殺意を優先させた。

 構える。銃口が即座に、目の前に立つ少女の心臓へ向いた。距離はおよそ五メートル。外すことはない。

「ひょっとして……それで私を撃つの?」

「ああ、たぶんな」

 トリガーを引き絞る。あとほんの僅か、力を入れるだけで発砲できるという瞬間。

 しかし当の風音は、なぜか顔を輝かせた。

「やった! うんっ、いいよ!」

「……は?」

 意味がわからず、思わず引き金にかけた指を止める。少女は異様にはしゃぎながら、興奮してまくし立ててくる。

「私のこと、撃ってくれるんでしょっ? やっぱり総司も、私のことが好きだったんだね!」

「お前、何を言って……」

「心臓でも喉でも、好きなところを撃っていいよ! 私も一緒に総司のことを殺すからっ」

「…………」

 理解できなかった。彼女が何を言っているのか、どんな思考を持っているのか。

 全くわからないが……総司は異様な恐怖を感じた。

 銃口を向けられたまま、全くの歓喜の顔で近付いてこようとする少女に対し、得体の知れない、総毛立つ脅威を覚える。

 それを取り払うように、総司は引き金を引いた。

 乾いた破裂音が室内に響き渡る。自動拳銃の銃弾が、目視できない速度で発射され――

「あはっ、気が早いよー」

 銃弾は確実に身体に命中したが、彼女は多少よろめくだけだった。気楽な声も全く変えず、そのままこちらへ突進してくる。

 制服の下に防弾チョッキを仕込んでいるようには見えなかったが、いずれにせよ彼女は生きている。舌打ちする暇もない。総司は即座に二度目の発砲をした。

 今度は狙いが逸れ、肩。しかし服に穴を空けながらも、風音はやはり悲鳴すらあげない。テーブルを踏み砕き――肉薄してくる。

 まるで普段、学校内でするのと同じように。しかし今は総司の銃を握り、その口を自分の喉に向けさせながら。

「一緒に死ななきゃダメー。私も、ちゃんと総司を殺すんだから」

「ッ――!」

 総司は咄嗟に、滅茶苦茶に身体を振り回した。悲鳴まで上げていたかもしれない。ともかく普段とは全く違う、全身の力を全て使いながら、全力で少女を蹴り飛ばす。

 少女の身体が、壊れたテーブルの上を後ろ向きに転がっていく。そして玄関の近く、元いた場所と同じ位置まで押し戻されたところで、彼女は飛び跳ねるようにして止まった。

「むー、どうしてやめるの?」

 全く痛みを感じていないように、ただ単に拗ねた声を発してくる。総司はその問いに対してではなく、呻いた。

「どういうつもりだ、てめえ……自殺願望者か」

「そんなんじゃないよう。私はただ、総司に殺されたいだけだもんっ」

 暢気な様子で、彼女は否定してきた。

「お父さんに教えてもらったの。”殺す”ってことは、”他の誰にも渡したくない”ってことなんだよ、って。そのためにお母さんを殺すんだよ、って。だから――総司は私だけのものにしたいし、私も総司だけのものになりたい!」

「…………」

 心底から快活に言ってくる、少女。頬を赤らめているのは、恥じらいからかもしれない。

 それはそうだろう、と総司はどこか遠くに理解した。彼女にとってそれは、一世一代の愛の告白だったのだろうから。

(こいつは……)

 胸中で、総司は呻いた。

「あ、もちろん、自分の手でやらなくちゃダメだよ? この基準は難しいから気を付けなさいって、よく言われたなー」

 どこか感慨に耽るような少女。総司はもはやそんな言葉など無視していた。

(狂いやがって!)

 銃口を向け、即座に数度――迷うことなく、照れ臭そうに身体を揺らす風音に向かって発砲した。

 と同時に即座に反転する。結生の身体を抱え上げると、窓から外へと飛び出して――

「あ、総司ー! 待ってよーっ」

 銃弾は命中したはずだが、やはり効いていなかったのか。ちょっとした追いかけっこでもしているような、暢気とも思えるほど拗ねた少女の声が聞こえてくる。ただし総司にとっては、おぞましいものに思えたが。

(反吐が出る……思い出したくもねえことを、思い出させやがって!)

 胸中で叫びながら、総司は全力でその場から逃亡した。

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