第29話

 一方的に取り決められた、約束通りの時間、約束通りの場所。部活動に励む生徒以外は通ることのない休日の校門前で、総司は嘆息した。

(来る必要はなかったんだよな、たぶん。俺は約束してないし、あいつが勝手に信じてるだけだ。それを無視したところで、どうなるものでもない)

 ただ、それでもこうして従ってしまったのは……やはり彼女が最後に見せた。不可解なほどの迫力のせいに他ならない。

 どんな理由の、どんな感情の迫力かはわからなかった。しかしそこに、並大抵の殺し屋をも凌駕する殺意めいた気配があったのは確かだった。まさか殺意ではないにしても、だ。

「おっまたせー!」

 瞬間。いつもの声と同時に、いつもの衝撃が身体を襲った。

 見れば脇腹の辺りに、私服姿の風音が張り付いている。いつの間にか横を取り、いつの間にか突進してきたらしい。校門の裏で待ち伏せでもしていたのか。

「やっぱり来てくれたんだね! 信じてよかったー」

「……まあな」

 とりあえず風音を引き離し、姿を確認する。偽者などと思ったわけではないが、制服でない彼女を見るのは初めてだった。

 白のワンピース。スカートの裾には、きはだ色のフリルが付いていた。ピンクのカーディガンが子供っぽさを強調しているように思える。肘にかけたドット柄のバッグも、その一端を担っていた。

 見られていることに気付いてか、くるりとその場で回ってみせる。そうしてから、お返しのようにじっとこちらを見つめてきた。

「……黒い」

 それが総評だったらしい。実際のところ総司は、黒い長袖のTシャツに黒いズボンという、極めてわかりやすい格好ではあった。

「ほっとけよ」

「うん、ほっとくー」

 どこか薄情とも思えるほど、風音はあっさりと快活に頷いた。そして素早く腕を絡め、引き寄せてくる。

「それじゃあ、早く行こっ。ここだとなんか、学校って感じだし」

 彼女はそわそわと、ほとんど走りたがる様子でぱたぱたと足を動かしていた。

 とりあえず総司はそれを落ち着けるように、頭を押さえつけて尋ねる。

「行くのはいいが、どこに行くんだよ? 待ち合わせ以外は聞いてないぞ」

「決まってるよ」

 わざとらしいほど快活な笑顔を見せて、彼女は答えてきた。

「総司と私のふたりで、アウトレットパークに行くの」


---


 日の高い時間帯に見たからといって、そこが全く別の空間になるわけではない。

 しかし休日の昼間は、以前とは比較にならないほど混雑していた。夕暮れの中では西部劇としてイメージしたが、今では遊園地そのものである。アウトレットパークという名前も、中古アトラクションを並べた遊園地という意味に感じられてしまう。

 おかげで単純に人混みで歩きにくいだけでなく、総司にとっては極めて居心地が悪い場所ではあった。

「総司は、来たことある?」

 入り口ゲートからゆっくりと、人波に逆らわないようにしながら。風音はしっかりと腕を絡めて、見上げてきた。

「……一応、一度だけな」

 決して詳細を話すことはできないが、記憶には新しい。

 風音はそこに踏み込むことはせず、ただ「そっかぁ」とだけ相槌を打って頷いた――そして、そのままのトーンで。

「じゃあ、その時のことは忘れて?」

「……は?」

 あまりに唐突だったため、間抜けに声を上げて聞き返す。しかし見下ろす風音の顔は当然としていた。声音も変えず繰り返してくる。

「だから、忘れるの。全部忘れて、今が初めてってことにするんだよ」

「全く意味がわからねえし、理由もわからん」

 答えながら、恐怖を抱いてしまいそうになる。このほんの子供じみた少女は、子供じみている故か、なぜか妙に底知れない雰囲気があった。

 とりあえずそれを誤魔化す意味でも、肩をすくめて。

「そんなことしなくても、ほとんど記憶なんかねえよ。真っ直ぐ出口まで歩いてただけだ」

「そうなの? じゃあ……いっか」

 平然としたまま、彼女はあっさりと引き下がってくれた。

 なんとなしに安堵していると――しかし直後、今度は物理的な強さで腕を引っ張られる。

「じゃあ、あっちの方に行こっ。行ったことないでしょ?」

「ねえけど……わざわざ引っ張るんじゃねえ」

「だって早く行きたいんだもんー」

 楽しそうに言いながら、風音は枝分かれした道の一本に引き込んできた。

 一応は通行路となっているが、建物の隙間を少し広げただけという様子である。やや薄暗いそこには人通りが少なく、万人向けではなさそうな、けばけばしい色合いの服を扱う店が二、三軒ほど並んでいた。

 人混みからは外れて歩きやすいが、興味が引かれるものはない。そもそもこのパーク内に総司の興味を引くものがあるとも思えなかったが。

 しかしこの通りは少なくとも、風音にとっても魅力あるものではなかったらしい。道の先が、また別の大きな通りに繋がっていることに気付くと、そちらの方に興味を移した。フードコートをメインとした道なのか、甘い匂いが漂ってくる。

「そうだ、ふたりで何か食べよーっ」

 元気に腕を上げて、意気揚々と進んでいく。大通りに出る際、彼女は人混みに入り込むタイミングでも計っているのか、横断歩道でも渡るように左右を確認して――

「……あ!」

 不意。何かを見つけたように声を上げると、急に全力で踵を返した。

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