第28話
そのあとは一言も喋らないまま、すぐに学校に辿り着いた。
朝七時。朝練に励む運動部の声くらいしかない校舎に入ると、結生とは廊下で別れる。「帰りも偶然会うかもしれないけど」と言ってくる結生に、総司は――様々な理由で――返事をしなかったが。
いずれにせよ教室へ向かう。その途中。
「おっはよー!」
どすっと、弾丸のような人影が飛びついてくる。
その正体は見る必要もなかった。呻く。
「なんでこう毎度毎度、突進してきやがるんだ……風音」
名前を呼ばれ、彼女は顔を上げた。尻尾を振る犬のような雰囲気で、幼い声を弾ませる。
「突進馬鹿は私の特権だし!」
「自分で馬鹿と言うのか」
心底の呆れに肩をすくめる――と。そこで頭に浮かんだのは風音ではなく、貫那の顔だった。槍を持ち、あるいは持っていなくとも、ひたすらに突進を繰り返す馬鹿。
「…………」
その姿を思い浮かべている間、沈黙を発してきたのは風音。急激に萎んだような顔で、じっと見上げるだけになっていた。
彼女が無闇なほど快活に喋り続けない、というのは珍しいことではあった。
訝った総司が表情の失われたような顔を見下ろしても、彼女はしばし沈黙を続けた。しかしやがて、ぽつりと聞いてくる。どこか平坦な声音で。
「今日さ、誰かと一緒に登校してたよね?」
「え? ああ……まあな」
頷くのは妙な後ろめたさがあった。以前の結生との噂が緒を引いているのかもしれない。
「同じ学校に通ってんだ。偶然会うこともあるだろ」
「……前に出てきた人だよね、あれって」
どこかで聞いた言い訳を無視する形で、風音が言う。最初に結生と会った時。つまり呼び出してきた時のことを指しているのだろう。
「出てきたって表現がどうかはわからんが、まあ……そうだな」
「やっぱり、そっか」
淡々と頷く。しかしそれは、全く正反対の意志があるような、奇妙な感覚を与えてきた。
言い知れないものを味わっていると、風音は矢継ぎ早に続けてくる。
「最近はあれとよく一緒にいるね?」
「あいつが勝手に付いてくるだけだ」
「今まではずっと私と一緒にいたのに」
「それもお前が勝手にくっ付いてきてただけだ」
と答えてから、ふと思い出す。結生に呼び出されてからのこと。色々あったおかげで学校生活へ向ける意識が減っていたが、
「そういやあいつが現れてから、お前はあんまりだな。俺としてはいいことだし、結局は今みたいに飛びついてきやがるが」
「だって――」
風音は目を伏せた。
しかし……それ以上は語らかった。総司が訝る中、代わりにまたパッと顔を上げる。最初と同じく明るいものを灯し、声も甲高い、子供じみたものに戻って。
「ねえ、明日はお休みだし、ふたりきりで出かけないっ?」
「嫌だ」
「じゃあ集合は十時ね」
「話を聞けよ」
「場所は……駅前は遠いし人がいるから、学校にしよう!」
あくまでも無視して、決定したらしい。総司はげんなりと呻いた。
「勝手に決められても、俺は行くとは言ってないぞ」
「大丈夫だよ」
あっさりと、彼女は言い返してきた――真っ直ぐに総司を見つめて。声を落ち着かせて。
「来てくれるの信じて、待ってるから」
「…………」
そこには奇妙なほど、跳ね除けられない迫力が篭っているように感じられた。
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