第26話

 道場を後にして、門をくぐり抜けると、空はすっかり夜のものになっていた。

 点在する街灯が辛うじて、田んぼの多い見通しがいいはずの街路を照らしている。

「一安心ってことかしら」

 いつの間にか隣にいた結生が言ってくる。総司はそちらを見ずに呻いた。

「さあな。もうふたりとも死んでるかもしれねえぞ」

 殺し屋があの家に潜んでいれば、それは簡単な話だった。実際にそうである可能性も、ないわけではない。

 あるいは体内に時限爆弾でも仕込まれていれば……だとしたら自分たちも吹き飛ばされているだろうが。

「そうならないように、家の見張りでもするの?」

「ンなわけねえだろ。元々、誤解がわかった時点で俺はもう無関係だ。そもそもここまで来たことがおかしいんだよ」

 結生は疑わしく、「ふぅん?」と半眼を向けたようだったが、ともかく。

「第一……今はそれより、俺自身のことが心配だからな」

 総司は呟くと、夜の街路を歩き始めた。向かうのは当然、自分のアパートである。

 結生も小走りについてくると、隣に並んで首を傾げた。

「あんたは殺したって死なないし、無関係じゃなかったわけ?」

「無関係だからおかしいんだよ」

 秋の虫が騒がしい中、それに対しても忌々しげに言う。

「てめえもそうだが、なんだってこんな誤解続きだったんだ?」

 恨みを買うことは確かにあるだろうが、自分の素性がバレるようなことは当然、しない。そのため、遺族が復讐にやってくるということ自体がまず不可解だった。そんなことが頻繁にあれば、一般人を装うのが不可能になっている。

「貫那は、殺し屋mpネットワークで調べ上げたって言ってたな。そこで俺の名前が出るのもおかしい。そこの連中が全員誤解してたってことになる。どこから流れたデマだ?」

「そういえば――」

 考え込むように、結生は指を当てて顎を引いた。

「私があんたを犯人だと思ったのも、ネットワークの情報があったからなのよ。私の父親を殺した犯人がわかった、って」

「どうにも、作為的なものを感じるな」

 獣が威嚇に喉を鳴らすように、呻く。

 答えは出ないが、そこには黒い渦のようなものが存在するように思えてならなかった。

 野望か、陰謀か、はたまた悪意か。いずれにせよ怪しまずにはいられないものがある。

(そういや……最初に貫那に情報を流したってのは、研究所の男だったな。なんでそいつは、俺のことを知ってたんだ?)

 その男も殺し屋で、ネットワークの中のひとりだったのかもしれない。ならば貫那が調査中に行き着いてもよさそうなものだが。

(巧妙に隠れていた? だとしても、よほど周りの連中が口を合わせないとダメだ。そんな権限があるのか?)

 どうでもいいはずの、たったひとりの男。名前を聞くことも忘れていた、見たこともない研究所の男――

 総司はどうしても、その人物が頭に引っかかり始めていた。

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