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第24話
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走ったのは、数分ほどだろうか。
謎の少女に襲撃を受けた場所から、それほど離れてはいないと総司は見て取った。
景色が大して変わったわけでもない。深い夕暮れの中、まばらな街灯に照らされたアスファルトの道が、いくつもの細道を作りながら真っ直ぐに伸びている。周囲は空き地か畑か民家しかない。比率はどれも同じ程度だろう。看板が川の近くであることを示していた。
「まあ、それほど必死に逃げる必要もなかったな」
銃声を聞かれて危機を感じたが、この国では銃声と爆竹を咄嗟に聞き分けられる者は多くないだろう。単純に、迷惑な学生が遊んでいたと思われる程度だ。
ひとまず安堵して、足を止めて振り返る。そこにはふたりの、見知った少女。制服姿の結生と、稽古着姿の貫那。
貫那の方は奇妙にも呆然として、ほとんど結生に支えられているような状態だった。強いショックを受けた様子で、それを受け入れたがらず、もがいているようにも見える。
総司はそちらへ歩み寄ると、彼女に顔を上げさせた。
「何か知ってるんだな? どういうことなんだ?」
揺れる瞳を見ながら、問いかける。聞かなければならない理由というのもなかったが、突然に襲われたのだから、知る権利くらいはあるだろう。ある種の好奇心でもあった。
「…………」
貫那は答えるのに躊躇したようだった。話したくないというのではなく、話すことで受け入れなければならない、というのを拒否したいがためだろう。
だが反対に、話さずに抱えておくのも辛かったのか、苦々しく告げてくる。
「あれは……研究所の白衣だった」
「研究所?」
聞き返したのは結生。一方で、総司の方は比較的早く思い当たった。さほど注意して聞いていたわけではない単語だが、それは妙に頭に残っていたのだ。
「浦ヶ崎生体医工学研究所――世話になった、とか言ってたところか」
「は? そこって、医学の研究をしてるところじゃないの?」
またしても結生が首を傾げる。
「あれは明らかに殺し屋の動きだったわよ。学者があんな機敏に人を殺そうとするわけ?」
「それについては、見たことがないわけじゃねえが……少なくとも、貫那を殺そうとしてたってのは間違いないだろうな」
「だから、なんでそれが貫那を殺そうとするのよ? 確かそこって、貫那のお兄さんのことも助けたんでしょ? 今も通ってるみたいだし」
「俺がわかるかよ。それについては――貫那。心当たりはあるか?」
尋ねられて、ふたり分の視線を浴びる。彼女はそのどちらとも視線を合わさず、息を荒げかけながら震えて呟いていた。
「心当たりは……わから、ない。研究所が、そんな……」
嘘だ、と総司は直感した。彼女の中には明確な心当たりが存在している。殺される理由、少なくともそうかもしれないと思える程度のものはあるのだろう。
(自分の肉親を助けてもらった上に、自分も世話になった場所――こいつにとっちゃ、アイデンティティみたいなもんか?)
それが崩壊しようとしている。貫那は片手で頭を抱え、小さく首を横に振り続けていた。
「そもそも、どういうことなんだ……あれは何者だ? 研究所が、殺し屋を雇った?」
「だとしたら、わざわざ白衣なんか着る必要はねえ。あれは研究所の誰かだろうよ。しかもそれをわざわざ示してくる。よっぽどの馬鹿か――お前に知られたかったのか」
わかっていなかったはずはないだろう。受け入れたくなかったのだ。つまりは――
「殺し屋を内包した医学研究所、とでも言うべきか? 怪しいどころか、完全にやばいところじゃねえか」
「……!」
びくりと、貫那が身体を震わせる。言葉にされたくなかったとでもいうように、恨みがましく睨みやってくる。
ただし言葉を発したのは結生のほうだった。いちいち納得できないように顔をしかめて。
「なんで研究所の中にそんなのがいるのよ? マフィアの隠れ家じゃあるまいし」
「俺に聞くなよ」
「それに貫那のお兄さんを助ける理由だってわからないし」
「だから俺が知るかよ、ンなこと」
「……そうだ、兄上!」
ハッとして、貫那は伏せがちだった顔を上げた。
「兄上が危ない。私よりも、兄上が!」
彼女はそう叫ぶと、一目散に走り出した。最悪の想像に、ほとんど涙目になっていたかもしれない。
総司と結生は一瞬顔を合わせると……それを追いかけ始めた。
(本当は、追いかける理由なんてねえ気もするが)
それでも躊躇すらせずに行動を決めた理由は――好奇心とも違う気がした。
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