第21話

 歩いてきたのはアパートではなく、アウトレットパークの方角だった。

 彼女がそこを目指したわけではないのだろう。結果として辿り着いてしまったらしい。そもそも周辺まで含めれば学校がいくつ入るかという規模のため、近隣を適当に歩くだけでも勝手に行き着いてしまうのだが。

 人通りが多くなっていくのを気にした様子もなく、貫那は真っ直ぐに歩いていった。そのまま、大袈裟な通用路を通り、仰々しいゲートをくぐる。総司はそこへ入ることに抵抗感を抱いていたが、仕方なく後に続いた。

 中は一見、西部劇を基にしたテーマパークのように思える。開放的とも入り組んでいるとも言える道の両脇に整然と商店が並び、白を貴重とした柱や壁は夕刻の近い光を浴びて、奇妙な色合いを見せていた。異様に背の高い南国風の樹木が点在し、買い物に興じる場所かどうかもわからなくなる。

 周囲には二人組みか、あるいは数人で連れ添った客が多いようだった。学生服姿もちらほらと見える。総司はそこに紛れるよう意識した。貫那の方が全く異質な稽古着じみた格好なので、意味はなかったが。

 いずれにせよ彼女は目的地でもあるように迷いなく、毅然として歩き続けていた。ただ、瞳だけが思い悩むように揺れている。

 ひょっとすれば、人が多い場所くらいは望んでいたのかもしれない。あえて雑踏の中に紛れ、自分の気持ちと声とを紛らわそうとしていたのか――

 そう思えたのは、彼女がその通りの声音で言ってきたからだった。

「私は……お前が嘘をついているようには見えなくなった」

 肩が触れ合うほどの距離でなければ聞き逃していただろう。それほど小さく、独り言のように、前を向きながら続けてくる。

「確固たるものがあるわけではない。むしろ、お前が犯人だという証拠の方が多いだろう。しかし……」

 悩むように目を伏せる。彼女の歩が少しずつ遅くなってきていることに、総司は気付いていた。それに合わせて自分も歩幅を小さくしながら、彼女の言葉を聞く。

「それでも、本当にお前が犯人なのであれば、このような……私を生かすようなことはしないと、思えてならない」

 いくつもの感情、いくつもの疑惑、いくつもの答えが渦巻いているのだろう。その場で思考しているかのように――あるいは頭の中を全て開示するように。彼女は声を落としながらも、まくし立てるようになっていた。

「ただの勘だと言えばそれまでだが、全く考えなしでもない。お前が私を生かすことに、利がないことも理由の一つだ。あえてそう思われるようにだとしても、それもまた意味がない。お前は私を殺し、兄上を殺せば、全てを無にできたはずだ。私が懲りずにお前を付け狙う心配もなくなる。生かして、寄せ付けまいとするなら、殺した方がよほど早い」

 そこまで言ってから、疲弊したように深く息を吐く。かぶりを振って。

「しかしあの男は……何も考えず、悪を討てと言う。己を信じ、悪を討てと」

「…………」

 総司は無言のままだった。それを気にしたわけではないだろうが、貫那は沈黙を待ってから顔を上げてきた。

 瞳が揺れているのが、夕刻の光の中でわかる。

「真籐総司。お前はいったい、なんなんだ? 私の知っている殺し屋とは――私の知っている悪とは違う」

「悪、ねぇ」

 問いかけられて、総司はようやく声を発した。嘆息するように、歩く先――目的もないアウトレットパークの奥を漠然と見つめながら。

「てめえの知ってる悪ってなんだよ」

「それは……」

 問いかけたつもりはなかったのだが、貫那は言葉を受けて悩み始めた。完全に俯き、自分のつま先を見つめながら、思案そのままに呟いてくる。

「悪とは……暴虐で、理不尽で、非道で……」

「ンなわかりやすい奴、今時いるかよ」

「しかし、殺し屋など!」

 抗議に顔を上げた彼女に対し、近くを通りかかったカップルらしき男女数組がこちらを向くのがわかった。不穏な単語を聞きとがめたためか、単に喧嘩だと思ったのか。

 いずれにしても総司は、こめかみの辺りを手で押さえながら声を潜めた。

「前にも言ったが、善悪の問答なんかする気はねえし、俺が正義だとは思っちゃいねえ。法律に違反してるって意味じゃ、ぶっちぎりの極悪人だ」

「在原結生といったか。あの女殺し屋は、真っ当に死ねるならその方がいいと言っていた」

 会話の流れを自ら無視して、貫那が呟く。こちらを見上げたまま。ただしその表情は抗議ではなく、どこかすがるような色を滲ませながら。

「お前も……そう思って、私を生かしたのか?」

 問われて、総司は足を止めた。

 そこから半歩ほど遅れて、訝って貫那も止まる。瞬間――

 拳が、彼女の喉元に押し当てられた。

 正確に言えばそれは拳ではない。さらにもっと危険なものだった。貫那は見えなかっただろうが、感触で理解しただろう。一瞬、驚きに目を見開く。それは昨日、目で味わった感触だった。

 制服の袖口から現れた、黒い銃。総司はそれを手の甲で隠すようにしながら、銃口を突きつけていた。そして弾丸そのもののように、低く鋭い声音で囁く。

「勝手な解釈するんじゃねえ。俺が面倒だと思うかどうかの問題だ」

「……撃つのか?」

 貫那は、驚きはしていたが、怯んではいなかった。むしろ安らいでさえいるかのように、声を落ち着けていた。

 沈黙を返したのは総司。しばしじっと、顎を持ち上げられた少女と睨み合って――

「撃たねえよ」

 吐息と共に銃を引っ込める。そして何事もなかったように、また歩き出した。

「こんなところで死なれたら、余計に面倒だ」

 貫那はその言葉に、なぜか笑ったようだった。可笑しそうに声音を上げて言ってくる。

「独善的だな」

「てめえと一緒だろうが」

 早足になって、追いついてくる少女。

 その横顔は、やはり笑みを含んでいた。ただしどこか哀れで、空虚で、身悶えているような痛ましさがある。

 口を開くのは見えなかった。それほど小さな声で囁くのを、しかし総司は妙にハッキリと聞いた気がした。

「そうだな……私と同じだ」

「…………」

 聞こえなかった振りをして、総司は黙したまま、ふと足を止めた。

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