第12話

 一年前。総司はその時にあった特徴的な出来事を思い出ながら、それを聞いていた。

「私の父はその日、ある男に会うと言って家を出たわ。依頼主って言ってたけど、クリスマスの日だったからたぶんサンタクロースね」

「……お前、意外とメルヘンだな」

 指摘するが、彼女は無視した。怒りを湧き上がらせながら、周囲には一応民家が並んでいることも気にせず、声を荒げる。

「でもその帰り道、”仕事”の現場を見られたあんたに、口封じのために殺されたのよ!」

「俺が、見られた? 口封じ?」

 思いがけなかった言葉に、きょとんとまばたきする。結生は気にせず続けてきたが。

「そうよ! あんたは他の標的と会っているのを見られたから、我が身恋しさだけで私の父にまで手をかけたのよ!」

「不倫のいざこざみたいに言うんじゃねえ!」

 叫び返してから――総司は「それよりも」と話を止めさせた。

 結生の話を聞き、思い当たることがあった。正確に言えば、”思い当たらないこと”が。

「一年前のクリスマスだと? その日は確かに、”仕事”をしていた。けど――俺が誰かに見つかったことなんかねえぞ」

「ふん、何言ってるのよ。この前、私に見つかってたじゃない」

「あれはお前が見つけに来たんだろうが。第一、お前にバレてる時点で口封じできてないってことじゃねえか」

「それは……」

 結生が若干、怯む。そこに追撃を加えるというつもりではないが、続ける。

「だいたい、その日のことはよく覚えてるんだよ。……黒兼破才。人体改造が趣味とかいう、異様な相手だったからな。殺しても、まだ起き上がるんじゃないかとさえ思ったほどだ。なんなら調べてみればいい」

「…………」

 返ってきたのは沈黙だった。絶句だったかもしれない。ぽかんと口を開けて、視線を僅か二彷徨わせている。何を言うべきか考えていたのか、彼女は震える喉でぼそぼそと、

「それじゃあ、つまり本当に……あんたじゃない、わけ?」

「どうやら、そういうことみたいだな」

「…………」

 また、沈黙。結生は今度こそ固まって……やがて、舌を出しながら片目を瞑った。何やら珍妙なポーズまで取って。

「てへ☆」

「殺す」

 かなり本気でナイフを構える。結生は慌てて「ちょっと待って!」と止めてきたが――

 その時だった。

 突如、上空から何かが飛来した。それは小さな球だっただろう。色味はわからないが、二つか、三つほど。それらが結生と総司の間へ割って入るように、落下したのだ。

 瞬間――ぼむっ! と音がしたわけではないが、似たような感覚はあった。球は地面に触れると同時に、爆発したのだ。

 ただし炎を伴うものではない。それは小さな爆風と同時に、大量の煙を吐き出していた。

「煙幕!? 古典が過ぎるだろ!」

 叫んだのは総司だった。思わず片目を瞑りながら、奇襲を警戒する。煙の先、あるいはそこに注目を集めて別の場所。神経を研ぎ澄まし、向かい来る気配を探り出そうとするが。

 一秒、二秒……十秒経っても何も起きない。

 そこでようやく、ハッとして結生の姿を探った。彼女は灰色の煙の壁に、完全に隠されている。慌てて駆け出し、その壁を突っ切ると――

「…………」

 そこに、彼女はいなかった。

 やがて秋の風に吹かれて煙が散っていき、元の閑散とした住宅街の裏道に戻っても、誰もいない。ただ総司だけが取り残されていた。

「最初から、そっちが狙いだったってことか?」

 彼女も殺し屋ではある。狙われる理由があっても不思議ではないが――総司は足元、結生が立ってい場所に、握り拳ほどの石を見つけた。

 そしてその下に、一枚の紙。

 訝りながら、拾い上げて表裏を確認する。そして……忌々しく呟く。

「だから、古典が過ぎるってんだよ」

 そこには小さな地図と共に、短い文章が綴られていた。

 ――女は預かった。返してほしければ今夜一時、ここへ来い。

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