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第8話
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「どっせい!」
「うおおおおお!?」
がしゃあんっ――と、派手な音を立てて。
その日の夕方。総司が住むアパートの部屋の窓ガラスが、思い切りぶち破られた。
さらに入ってきたのは投げられた石でも、風に飛ばされた看板でもなく――
「一階っていうのはいいわよね、すぐに飛び込めるし」
額を拭う仕草をしながら。立ち上がったのは、在原結生だった。
学校から帰宅し、着替えてから現れたのだろう。制服姿ではなかった。フードの付いた白っぽいパーカーに、短い黒のスカートと、同じ色のレギンスを履いている。
長い黒髪だけは変わらず、古風なかんざしで纏めていた。それが武器であることを、総司は知っているのだが。
「でもカーテンが閉まってて助かったわね。うっかりガラスまみれのカーテンに包まれてた可能性があったわけだし。危なかったわ」
「って、いきなり何してんだ!?」
足を見てみれば、完全に土足である。そのおかげでガラス片から守られているようだが、そんなことはどうでもよかった。
「色々言いたいことがあるぞ、てめえ」
思い切り叫びたかったが、辛うじて声を抑えながら怒鳴る。窓は割れたが、あまり騒ぎ立てなければコップでもひっくり返したのだろうと思ってもらえるかもしれない。
結生に詰め寄る。潜めた声をハッキリ聞かせるために。
「まずなんでここがわかったんだ、そして何しにきやがった、そもそもどうして窓から入ってきやがるんだ!」
「うっさいわね、あんたには関係ないでしょ」
「誰よりも当事者だ!」
「別にいいじゃない、ちょっと散らかったくらい。大して変わらないわよ」
言いながら、結生は部屋の中を見回した。
六畳間である。家具が少なく、テレビとベッド、タンスくらいしかない。一応、部屋の中央には丸テーブルが置かれていた。テレビは大して使われている様子がなく、タンスは中身が少なそうで、テーブルは何もない。ベッドには小物置き場が付いており、数冊の本とファイルが置かれているが、娯楽のためではないらしい。辞典という文字が見える。
総じて、大して汚れているわけではなかった。鞄が隅に放られているくらいだろう。
ただ、古びたアパートであるため天井や壁には染みが現れ、夕方の薄暗さも相まって薄汚い印象を与えていた。
それらを確認して――結生は気にせず、自分が正しいとばかりに「ほら」と両手を広げてみせた。当然、総司が納得するはずはなかったが。
さておき結生は、怒りに歯噛みする総司を余所に、ガラス片を窓の方へと追いやって、テーブルの前に腰を下ろす。
「それより、客が来たんだからお茶くらい出しなさいよ」
「誰が客だ。だいたい、てめえは俺を殺そうとしてるんだろうが」
「何よ、殺害対象の家に遊びに来ちゃいけないっていうの?」
「いけないだろ、普通は」
彼女は、ふんっと鼻を鳴らすだけで突っぱねたが。
「そもそも、殺す以外になんの用があるってんだよ。まさか本当に”遊ぶ”とかじゃねえだろうな」
「それは……」
と。結生は言い言いよどむと、なぜか物憂げな表情を見せた。目を逸らし、視線を下げて、身体の前で腕を組んで吐息する。
様子がおかしいと、総司が気付いたのはその時だった。だからこそ一時的に怒りを抑え、怪訝に眉をひそめる。殺し屋の女は憂鬱か、あるいは考え込むような表情を滲ませながら、口を尖らせ顔を上げた。
「いいから! とにかくお茶よ。あんまり熱いと飲めないから、適度にぬるめること」
「図々しいわっ」
言い返し、不服に嘆息する。
「ったく……別の場所だったら確実に殺してるぞ。バレたら追い出されちまうから、やめておいてやるけどな」
「殺し屋がいちいちそんなの気にするんじゃないわよ」
「だからこそ気にしなきゃならねんだよ。ここだって、借りるのにどんだけ苦労したと思ってやがる。だいたい、ただでさえ窓を壊しやがって……これだってバレないうちに直さないといけねえんだぞ」
「いちいちうるさいわね……あんまり文句言ってると殺すわよ」
「こっちの台詞だ!」
吠えて。しかし仕方なく、諦めて台所へ向かう。丁度いいと言うべきか言わざるべきか、お茶は自分用に用意し始めていたところだった。
適当なコップへ適当に淹れ、適当に差し出す。彼女は一瞬、何かを言おうとして口を開けたようだったが、ハッと赤面して顔を背けた。それを誤魔化すように、一気に飲み干す。
どんっとコップが置かれる頃、総司も彼女の正面に腰を下ろしていた。一応、警戒心を滲ませるが――それが完全に不要であると、すぐに直感する。
結生は明らかに、沈んだ顔をしていた。
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