第7話

 ひとまず、”仕事”が露見せずに済んだことに、結生は安堵していた。殺人事件のニュースを聞くことも、港に警察官が出入りするのも見ていない。コンテナは弾痕ごと運ばれていったようだし、血痕の上にはすっかり別の箱が積まれている。

 総司も平然と学校に通っているし、特に変わった様子もなかった。いつも通り、風音という小柄な少女にくっ付かれては、鬱陶しそうにしている。

 昼食の時も教室の隅の机から動かないし、たまに動いたとしてもたいていはトイレだ。回数は一日に二回くらいだろう。トイレの中での行動を探るために耳を澄ましていたら、通りすがりの男子生徒に奇異の目で見られたが。

 登校時間は朝七時。下校時間はまちまちだが、それは風音とかいう小さい奴のせいであり、彼女を上手くやり過ごしてくれた日はすぐに帰っている。

 身長百七十四センチ。体重七十キロ。視力二・〇。手足共に右利き。体脂肪率は計測されたことがないらしい。スリーサイズは目下調査中――

 と。結生がそうしたことを調べたのは他でもなく、今度こそ総司を殺害するためだった。

 今までの殺害が失敗に終わったのは、そうした情報不足によるものに違いないと、結生は確信していた。まして実際、情報を集めれば新たな殺害計画を閃くことができた。

 まず、聞いて回ったのは総司の電話番号である。それで偽の依頼をして、総司を誘き出そうとしたのだ。

 ……しっかり鼻を摘んで声を変えていたというのに、なぜか気付かれて失敗したが。

 次に行ったのは好物の調査である。それは当然、毒殺を狙ってのことだ。もっとも本人には聞けなかったが、クラスメイトに相談したところ、「男の子への手料理なら肉じゃがが一番だよ!」と教えてもらうことができた。

 ……それを弁当箱に詰め、こっそり総司の下駄箱に入れるまではよかったのだが、弁当箱の蓋にうっかりドクロマークを描いてしまい、警戒されて食べてもらえなかった。それさえなければ成功しただろう。

 いっそ自宅に強襲をかけようと、住所を聞いて回ることもした。誰も知らないようだったので、仕方なく学校からずっと尾行していったら――まかれた。

「むー……」

 そんなこんなで全ての殺害計画が失敗し、結生は不満にうなっていた。どうしてこう上手くいかないのか。自分の計画はほぼ完璧なはずなのに。

 加えて、そうした連日の中で、結生の中にはさらに別の不満も生まれていた。

(なんか最近、相手にもされてない気がする!)

 計画の首謀者が自分であることは、間違いなく気付かれているだろう。しかし総司は何も言ってこなかった。

 それどころか、露骨に避けているようですらある。いっそ堂々と廊下で姿を現し、立ちふさがったこともあるのだが、あっさりと無視されてしまった。

(そのくせ風音って子には、面倒臭いって言いながらしっかり相手してるし……なんなのよ、もう! 私と何が違うっていうのよ! だいたい、どっちかっていうと私の方が関係深いじゃない。総司を殺そうとしてるのよ、私は。普通、そういう女の子を無視する? もうちょっとこう、私の気持ちを考えてくれたって――)

 と、そこまで思考を巡らせたところで、結生ははたと顔を上げた。

(あれ? なんかこれって……)

「ところでさ、結生」

 奇妙な違和感に首を傾げていると。声をかけてきたのはクラスメイトの女子生徒だった。

 そこでようやく、今が昼休みで、彼女たちと共に昼食を取っていたことを思い出す。机を四つ向かい合わせて、自分を含めて四人での食事。

 話しかけてきていたのは、そのうちの正面にいる女子生徒である。彼女は薄っすらと笑いながら周囲――教室内には、自分たちと同じグループが三つほど残っている――を見回して、わざとらしく声を潜めて聞いてきた。

「結生ってさ……隣のクラスの、真籐総司って人と付き合ってるってホントっ?」

「…………」

 その沈黙は、いつしか聞いたような気がする。そして続く返しも、誰かが発していたような気がしたが。

「……は?」

「あ、それ私も聞きたかった!」

「最近噂になってるよね。ほら、真籐くんって結構、雰囲気が怖いから。大丈夫かなって」

 堰を切ったように、残るふたりのクラスメイトも話に乗ってくる。左右から身を乗り出すようにして、真相を――というより肯定を聞くために「どうなのよ」と繰り返す。

 結生はしばし面食らってから、根も葉もない噂に呆れて嘆息した。首を横に振って。

「何言ってるのよ。誰があいつになんか――」

 言いかけて。

 しかしなぜか、言い切ることができなかった。我知らず言葉を止めてしまう。そして、何かが頭の中をよぎるのと感じた。

(ひょっとして……さっきの気持ちって、まさか!)

「在原さーん。お客さんだよー」

 と、また思考を遮るように、声。しかし今度はニヤニヤした顔のクラスメイトではない。教室の入り口辺りで、あまり交流のない女子生徒が手招きしている。その隣には――

 なおさら見たことのない、男子生徒が立っていた。

 どうという特徴もない。背は総司よりも低いし、体格も総司より貧弱だ。顔付きは総司と比較すると悲しいほど弱々しく、発される気配は総司と比ぶべくもない――結生はそんな印象を抱いた。

 とはいえひとまず呼び出しに応じる。すると彼は、名乗りもせずにこう言ってきたのだ。

「キミに興味があってね……放課後、体育館裏に来てくれないか?」

「興味……体育館裏?」

 聞いたような言葉、聞いたような場所。彼はそれを告げると――薄く笑みを浮かべた。

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