第17話 無血開城の立役者 山岡鉄舟
山岡鉄舟(1836-1888)
江戸城の無血開城は日本が西欧に並べた大きな要因なので、トップ会談を行った勝海舟と西郷隆盛はそれだけでも偉人の資格有りとしてもいいくらいだ。この離れ業を成した影に、下交渉の段階で西郷の信を得た幕臣の存在が貢献していたことをご存じだろうか。それが山岡鉄舟その人である。
鉄舟は旗本の小野高福の四男として生まれ、武術は剣の北辰一刀流・槍の忍心流槍術を極め、書道は弘法大師流入木道の52世継承者となる腕前。さらには禅の方でも天竜寺から印可も授かるなど、文武両道に精通していた。それでありながら、生涯一人も斬らず、動物の殺生も戒めるような自分に厳しい人物で、これらの道を追求するのはひとえに“人間の修行”であるというスタンスであった。そんな鉄舟を高くかった槍の師である山岡静山は、死の床につくと鉄舟を妹の婿として、山岡家へ養子入りを願った。実はこの縁組は小野家の方が格上なので静山は半ばダメ元で頼み入れたものだが、鉄舟は師が自分を大事にしてくれるのに感激し、山岡家を継ぐことになった。
その後、人柄と腕前を見込まれて将軍・徳川慶喜の身辺警護を任されるようになった鉄舟に、重臣の勝海舟から使者を務めるよう頼まれた。その相手こそ、江戸城攻めの最高司令官である西郷隆盛であった。鉄舟は血気にはやる官軍の中を「朝敵徳川慶喜が家来、山岡鉄太郎まかり通る」(※鉄太郎は鉄舟の通称)と大音声で堂々と歩いて西郷を訪れた。慶喜が恭順の意を示していることを伝えると、西郷は「江戸城及び、江戸城の兵・武器・軍艦を全て引き渡し、将軍は備前藩に預ける」と条件を突き付けた。すると、鉄舟は最後の条件を拒んだ。西郷は「これは朝命であるぞ」と凄んで見せる。しかし、鉄舟は反論する「もし島津候が同じように言われたら、西郷殿も受け入れることはできないはずだ」と。ここまで一貫して、死を覚悟して単身乗り込んで、その上武士の忠義にあふれ、江戸の平和を守らんとする魂を見せ続けた鉄舟を前にして、遂に西郷の方が心を動かされた。「ごもっともなことである」と言い、慶喜の身の安全を保障すると明言したのだ。後に西郷は鉄舟という人間を「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない」と賞賛した。こうして、奇跡の無血開城の流れが作られたのであった。
開城後、鉄舟は新しい日本の為に、新政府に仕えて伊万里県の権令(知事)などを務めたが、西郷たっての希望で十年間限定という約束で明治天皇の侍従となった。この時の逸話も人柄がよく出ている。酔った勢いで「相撲をとろう」と突っかかる明治天皇を諫言した剛直さの逸話や、同郷の人間が苦心の研究の末に完成させた新商品「あんぱん」を売り出してやろうと天皇に献上し、看板の字を書くなど世話焼きな一面も見せた(後のキムラヤとなる)。
引退後は一刀正伝無刀流を開いて、剣道の教育に尽力する。鉄舟の提唱する“精神教育の為の剣道”は現代まで影響与えている。そして、死を覚悟すると「そろそろだな」と呟き、白装束のまま皇居に向かって座禅を組んで、そのまま絶命した。本当に強い人間がもつ優しさや真っすぐさが最後まで美しい生涯であった。
蛇足かもしれないが、鉄舟がわずか15歳の頃に自分を正す掟を書き残していたが、これがとても15歳とは思えない内容であり、鉄舟の原点を感じさせるので記しておく。
『修身二十則』
一, 嘘を言うべからず
一, 君の御恩忘れるべからず
一, 父母の御恩忘れるべからず
一, 師の御恩忘れるべからず
一, 人の御恩忘れるべからず
一, 神仏ならびに長者を粗末にすべからず
一, 幼者を侮るべからず
一, 己に心よからず事 他人に求めるべからず
一, 腹をたつるは道にあらず
一, 何事も不幸を喜ぶべからず
一, 力の及ぶ限りは善き方に尽くすべし
一, 他を顧して自分の善ばかりするべからず
一, 食する度に農業の艱難をおもうべし 草木土石にても粗末にすべからず
一, 殊更に着物を飾りあるいはうわべをつくろうものは心濁りあるものと心得べし
一, 礼儀をみだるべからず
一, 何時何人に接するも客人に接するよう心得べし
一, 己の知らざることは何人にてもならうべし
一, 名利のため学問技芸すべからず
一, 人にはすべて能不能あり、いちがいに人を捨て、あるいは笑うべからず
一, 己の善行を誇り人に知らしむべからず すべて我心に努むるべし
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