寿限無の真実

結城藍人

寿限無の真実

「和尚さん、お久しぶりっす」


「おお、ハチじゃないか。五年ぶりかねえ。上方かみがたでの修行は終わったのかい?」


「ええ、今日戻ってきたんすよ。このあたりも結構変わりましたねぇ。ついさっき、クマんとこへ寄ってきたんっすがね、俺が上方に行く前に生まれたばっかりだった赤ん坊が、もういっぱしの悪ガキになってやしたぜ」


「アハハハハ。あの子は元気じゃからなあ」


「ところで、あのガキの妙に長い名前、和尚さんが付けたんですって?」


「おいおい、それは考え違いじゃよ。わしは、長生きする名前を考えてくれと言われたから、いくつか候補を挙げただけでな。まさか全部付けてしまうとは思いもしなかったよ」


「本当にそうですかい?」


「……どういう意味じゃ?」


「いえね、あの名前、確かに長すぎるんですが、よく考えてみるとバラバラでも変な名前じゃないですかい? 上方じゃあ最近は、付けたヤツの頭ん中がお星様みてえだってんで『キラキラ名前』なんて呼び方してますがね」


「な、何じゃと!?」


「だってそうでしょう。まず、いきなり『寿限無じゅげむ』ですぜ。確かに字面はめでてえんですが、こんな変な名前、単独だって聞いたことありませんや」


「む、むう…」


「次が『五劫ごこうのすり切れ』。世の中『那由多なゆた』だの『刹那せつな』だのいう名前もあるそうなんで、百歩譲って『五劫』まではいいとしやしょう。でも、『すり切れ』なんて、いくら長い時間を表すからって名前に付けたりしないでしょうが」


「う、うむ……」


「その次が『海砂利水魚かいじゃりすいぎょ』。そりゃあ、数え切れねえってのは分かりやすが、これも名前としちゃあ変過ぎでしょう。どこぞの講談師だか漫談師だかの二人組が芸名にしてたらしいっすが、すぐに別の名前に変えちまったって話を聞いたこともありやすぜ」


「アレは改名後の芸名も食い物で、名前としては変じゃろうが……」


「それに『水行末すいぎょうまつ』『雲行末うんぎょうまつ』『風来末ふうらいまつ』だなんて、いくら行く末が果てしないったって、本当に付けたりしたら松の字がつく六つ子だってビックリするでしょうぜ」


「いや、さすがにあの六つ子の名前に比べればマシだと思うんじゃが……」


「でも、次はさすがに酷すぎでしょう。『食う寝る所に住む所』って、本気で名前として考えたんですかい?」


「ああ、いや、それは『生きる上で必要なもの』という意味の例として出したので、そのまま名前に付けるとはさすがに思ってなかったんじゃが……」


「それに、次の『やぶらこうじのぶらこうじ』ってのも酷いでしょう」


「いや、儂は『藪柑子やぶこうじというめでたい樹木がある』と教えただけで、それを『やぶらこうじ』に変えたり『ぶらこうじ』と追加したのは熊じゃよ」


「そうなんですかい? それにしても、藪柑子って木は確かにめでてえモンかもしれませんが、名字ならともかく名前に付けるような言葉じゃねえでしょう」


「うむむ……」


「それに、『パイポ』って国だの『シューリンガン』って王様だのも、どんな字を書くんだか想像もつきませんぜ。それに国や王様の名前はともかく、『グーリンダイ』ってのはおきさき様、『ポンポコピー』と『ポンポコナー』はお姫様の名前だってえじゃねえっすか。男の子だって分かってるのに、どうして女の名前を候補に挙げるんすか? いくら美人の名前だって男に『かぐや』とか付けねえでしょうに」


「そ、それも長生きした例として出しただけじゃ」


「そして『長久命ちょうきゅうめい』。これも唐人とうじんならともかく江戸っ子の名前じゃねえっしょ」


「うぐ……」


「でもねえ、和尚さん。ここまではおっそろしく変な名前なんすよ。ところが、最後の一つだけは『長助ちょうすけ』だ。ごく普通の、ありふれた名前だあね」


「そ、それがどうした?」


「和尚さん、あんた、本当は『長生きする名前』って言われて、思いついたのはこの『長助』だけだったんじゃねえんですかい?」


「な、何?」


「でも、この名前じゃあ、あんまりにも平凡だ。そのまま言ったんじゃあ、熊の野郎にも『何だ詰まんねえ』とか思われかねねえ。そこであんたは考えついた」


「……何をじゃ?」


「その前に、思いっ切り変な名前を連発することを、でさあ」


「ぬ……」


「普通なら、『寿限無』だの『五劫のすり切れ』だのと言われても、そんな名前を付けるヤツはいねえ。いくらありがたそうな由来を語って聞かせたところで、ちょっと冷静になりゃあ、名前として変だって気付くだろうさ……普通ならな」


「……ああ、そうじゃよ、そうなんじゃよ!」


「だから、あんたは、思いっきり変な名前を連発したあとで、最後に本命の『長助』を出した。そこまで変な名前を出した後なら、平凡な『長助』がむしろいい名前に聞こえるだろうと思ってね」


「……」


「何も言わないでいいっすよ、和尚さん。あんたにとっての不運は、熊の野郎がトンデモねえお調子者だったって事でさあ。まさか、あんな変な名前を全部付けちまうなんて、お釈迦様でも思わねえでしょうよ」


「……儂も、人を見る目が無かったということじゃな」


「だけどね、それはまた、あんたにとっての幸運でもあるんですぜ」


「……それはどういう意味じゃ?」


「だってそうでしょう? 全部付けられたせいで、みんなその『長さ』にばっかり気を取られてて、それぞれの名前自体が変だって事には、今まで俺以外は誰も気付かなかったんすから」

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寿限無の真実 結城藍人 @aito-yu-ki

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