第5話 今の僕にできること

あの入れ替わり初日から一週間が経った。

元のハルトと言動が異なる為、皆違和感を感じていたがそれも3日も立つと気にしなくなる。

脳天気な人たちだなホント。

まあ主にガルードとフルアの2人なんだけど。

でもそのお陰で馴染みやすかった。

シャルルは優しくて面倒見がいいのだがよく2人に振り回されている。

ハルトとシャルルはリターンズ・ウィンドのギルドハウスで生活している。

他の2人は別の場所で生活し、活動するときだけギルドハウスに訪れるようだ。

活動すると言っても主に雑談しているだけだけど。

二階の寝室から一階のロビーに降りるとノートを広げ珍しくシャルルが難しい顔で悩んでる姿が見えた。


「どうしたの? 何か問題でもあった? 」

「ハルト君おはよう。それがね。ちょっとギルドの活動資金が厳しくて……。」

「活動資金ってことはこのノートは財政ノートかな? ちょっと見ていい? 」


他ギルドの財政事情なんて見るべきではないと思ったが、今は僕もこのギルドの一員だ。

見ておいて損はないだろう。


「うん。いいよ。はい。」

「どれどれ……!? これは……。」


そこに書かれてたのは元の僕の貯蓄金額より大幅に少ない額だった。

正直なところ1人分の食費1ヶ月分程しかない。


「え、これギルド財政ノートだよね? 個人の預金じゃなくて? 」

「うん……。」


僕はあまりの事に信じられず、シャルルに確認するも望むような答えは返ってこなかった。


「なんでこんなに少ないの? え、だって仕事もないわけじゃないのに。」


ガルードはよくお客さんに頼まれた品物を作っているし、フルアも街の掲示板で依頼を請け負ったりしていた。

なのにどうしたらこんなに少なくなるんだ?


「おはよう諸君! 今日もいい朝だな! 」

「おはようガルード。」

「おはようガルード君。またそんな物買ってきたの?」


まだ一日の始まりだと言うのに、満足そうな顔で挨拶するガルード。

その腕には人形なのか、動物なのかをモチーフにしたよくわからない石像を抱えていた。


「そんな物とはなんだ!? この作品に込められた力強く美しさがわからないなんて。ここの曲線なんて最高だろ!? 」

「ご、ごめんなさい。」

「いやいや、シャルル謝らなくていいって。どう見てもガラクタにしか見えない。」

「が、ガラクタだと!? これだから素人は……。」


こいつ馬鹿にしたように鼻で笑いやがった!

なんだろうドヤ顔でやられると本当にうざいな。


「それで、いくらだったの? 」

「聞いてくれよ! それがなんとたったの銀貨19枚だったんだ! すごいだろ! 」


こんなガラクタに銀貨19枚も払ったのか!?

ま、まあ自分の金ならどう使おうと自由だろう。

ちなみに銅貨10枚でパンが買える。

そして銅貨100枚分が銀貨1枚だ。

銀貨も100枚集まれば金貨1枚の価値となる。


「今月もピンチなんだからもう買うのは控えてねガルード君。」


シャルルの言い方に違和感を覚えて咄嗟に聞き返す。


「え、まさかこのガラクタってギルドのお金で買ったの? 」

「そりゃギルドの為に買ってきたんだからギルドの金で買うのは当然だろ。」


よく見るとそこら中に同じような訳の分からない者達が飾られている。

最初からそこに合ったので、意識していなかったがいっぱいあるな……。


「えっと……。これ全部ギルドの金で買ってたの? 」

「なんだよ今更だな。でも安く入ったんだぜ! お買い得さだったのさ。なら買うしか無いだろ! 」

「だからって限度があるだろ……。ギルドに余裕がある時にしておこうよ。」


僕が勘弁してくれと呆れながら言うもガルードは聞き入れない。

反省なんてしていない。


「そんなことしてたら先に買われるかもしれないだろ。どうせ買うなら早いほうがいい。」

「そもそも何に必要なんだよ……。」


ガルードは胸を張ってドヤ顔でこう答えた。


「ギルドハウスがオシャレになる! 」

「そんな下らないことで無駄使いするなー!! お金があるならまだしも。」


その顔と発言に訳の分からない憤りを感じて思わず大声で突っ込んでしまった。

しかし、ガルードはなぜこの素晴らしさが理解できないのかとでも言うように絶句している。


「そんな……くだらないだと……造形師のセンスに関わる問題なんだぞ!? 」

「知るかそんなもん! これからはこんなもんを買うなんて一切禁止だからな! 」

「そんなハルトの癖に横暴な! 」

「シャルルもガルードが何か言ってきても買わせたらダメだからな。しっかり断るんだぞ。」

「う、うん。わかったよ。」

「お、俺のギルドなのに……。」


ガルードの呟いた新情報に僕は思わず聞き返す。


「え、リターンズ・ウィンドってガルードが発案者だったの? 」

「そんなことも忘れたのかハルト。」

「ガルード君が私とハルト君を誘ってくれたんだよ。一緒にやらないか? って」

「そうだったね。ギルドマスターならしっかりしてくれよガルード……。」


そうだったのか。

確かにガルードが引っ張ってる印象があったけど。

僕らの言い争いに終止符を打つように勢い良く扉を開けてフルアが入ってきた。

その顔はほのかに紅潮している。


「おーいみんなおはよう! 今日も元気そうだね! 」

「フルアおはよう! いいところに来た! って酒臭ッ!? 」


フルアが上機嫌に僕らに近づいてくると、ギルドが酒独特のアルコール臭に包まれる。

この臭いからしてしこたま飲んできたに違いない。

だけど2人はそんなフルアを見ても気にもせずにいつもの様に接する。


「今日も朝から飲んできたのフルアちゃん? 」

「ごめんごめーん。ちょっと一杯飲みたくなっちゃってさ。」

「もう。体壊さないようにね。」

「また……? ちょっと待て。またってどれ位の頻度で飲んでるんだこいつ? 」


なんだろう。

すごく嫌な予感がしてきた。


「えっと。週2、3回かな? 」

「なんだ、それくらいなら問題ないかな。」


なんだ思い過ごしだったか。

てっきり毎日飲んでるのかと思ったよ。


「へへ、今日は3杯も飲んできたよ。」

「お酒好きな割に少ないんだな。」

「お前は何を勘違いしてるんだ? フルアだぞ。そんなことあるわけ無いだろ。」


僕の反応にガルードは何を馬鹿なことを言っているんだと呆れながら告げた。


「え?でも今3杯って。」


フルアは笑顔でVサインを作ってこう答えた。


「うん。樽でね。」

「お前も原因かああああああああ!!! 」


とりあえず僕は2人に小1時間程説教をした。

なんで他人のギルドなのにこんなに口出さなきゃならないのかと思ったが、それほど放っておけない状況だった訳だ。


「でもさー。今まで回ってる訳だし今まで通りでいいじゃん? 」

「だから言ってるだろ破綻してからじゃ遅いんだよ。」


こんなギリギリな生活していたら本当にいつか破綻してしまうって。

僕とフルアのやりとりを腕を組んで頷いているガルード。


「確かにな。フルアの飲みは頻度が高いから問題だ。でも俺の買い物はたまにだからいいだろ? 」

「あー! 私を売って自分は逃げようだなんて酷い! 」

「そ、そんなわけないって……? 」


そう言いながらガルードはフルアから目を逸らす。

わかりやすい奴である。

そんな自分だけ逃れようとしたガルードに僕は衝撃の事実を突きつける。


「いや、金額的に言わせてもらうとガルードの方が酷い。」


それを聞いたフルアはガッツポーズしながら立ち上がる。


「ほーら! あんたが止めれば問題ないって! 」

「く、糞ぉ! 俺は絶対止めないからな! 大体なんでハルトに言われなきゃならないんだ! バーカバーカ! 」


フルアに擦り付ける事が出来ないとわかった途端に開き直って今度は僕を煽り出すガルード。


「そうだそうだ! バカバーカ! 」


そしてそれに便乗するフルア。


「子供かお前ら!? なんでギルドの為に言ってるのに罵倒されなきゃいけないんだ! 」

「ギルドのためって人あってのギルドだろ! そんな横暴通ると思ってるのか!? 」

「そうだそうだ! 」

「横暴ってどっちがだよ……。」


しかしいくら言っても二人とも聞き入れてくれそうにないな。

どうしたもんか。


「おっし。それじゃあ勝負をしよう! お前が勝ったら無駄使いはやめてやるよ。」

「それはいい考えね。で、何の勝負にする? 」


話が平行線を辿りそうな所をガルードがそう提案してくる。

そうだな。

勝負事の約束ならきっと2人も守るだろうし納得もするだろう。


「俺を倒してみろハルト! そうしたら話を聞いてやる! 」

「お前話を聞く気ないだろ!? 」


今の僕がガルードに勝つなんて万が一にもあり得ない。

せめてどんな魔法が使えるかだけでもわかればまだ戦いようがあるのかもしれないけど。


「それじゃあ、何がいいのよー。」

「そうだな。チェスとかトランプとかのテーブルゲームは? 」

「パス。だってお前強いもん。」


僕は体力や魔力を使わない勝負を提案するも、ガルードは肩を竦めるだけだった。


「これじゃあ話し合いにならないねー。」


3人が頭を抱えて悩んでいると今まで聞き手だったシャルルが手をおずおずと挙げ提案する。


「そ、それじゃあこの街を一周して早くゴールするのはどうかな? 」

「お、シャルル。それはいい提案だな! 」

「体を存分に動かせるけど単純な力比べじゃないし、いいんじゃない。」


2人のシャルルの案には好感触だったようだ。


「直接戦わないなら大丈夫かな? それで、僕は確定だとして、お前ら2人どっちと戦えばいいんだ? 」

「俺だな。」

「私よ! 」

「2対1は流石に卑怯だろ……。勘弁してくれ。」

「でも私の未来が掛かってるのにこんなのに託すなんて嫌! 」

「俺だって嫌だぞ。」


ガルードとフルアはお互い指さしながら言い争っていると、フルアが突然手を叩いた。


「そうだ! シャルルがハルトと組めば2対2じゃない! それで行きましょう。」

「おう、それなら平等だ。」


その提案にガルードも乗り気なようだ。


「え、私も一緒にやるの? 」


思いがけない提案にキョトンとしているシャルル。


「シャルルゴメンな巻き込んで。でも2人がそれで納得するみたいだからお願いできないかな? 」

「私でいいなら頑張るよ。任せてハルト君。」


むっと両手を胸の前に持ってきて気合を入れるシャルル。

見た目の可愛さもあって微笑ましくなってしまう。


「決まりね! じゃあいつやる? 」

「フルアは今酔ってるから明日にするか。」


確かに先ほどからフラフラと足元がおぼつかない。


「そうだね。それを言い訳されても困るし。」

「それじゃあ、明日正午にギルドハウス集合でいいかな? 」

「負けたらもう文句言うなよハルト!」

「そっちこそ負けたらもう二度と無駄使いはさせないからな。覚悟しておけよ。」

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