第3話 君と僕が入れ替わった日 03
居ても立ってもいられずペースも考ないで全力で走った結果、直ぐに息切れし、結局当初の予定よりも大幅な時間が過ぎて到着した。
疲れて今にも倒れそうだがそうも言ってられない。
もう目の前に目的地があるのだから。
乱れた息を徐々に整えていると、ギルドハウスから3つの人影が現れる。
ガタイのいい青髪の男がオーベルで、淡い緑掛かった長髪でお淑やかな印象を覚える女性がエレナ。
そしてもう一つの人影が僕の目当ての人でもあった。
僕の本来の身体であるフレーズだ。
「なんだ。どちら様だ? 」
3人を食い入る様に見つめている僕に気がついたオーベルが訝しげに声をかけてきた。
「えっと、すみません。そこの人とお話がしたくて。」
自分の事をなんと呼べばいいのかわからずフレーズを指さす僕。
だけどオーベルは困ったように頭を掻きながら答える。
「こいつは今調子が悪いからさ。また今度来てくれよ。」
「大丈夫だよ。僕もこの人に用があったところだから。」
オーベルが柔らかく断るが、それをフレーズは遮り僕の元へ歩いてくる。
よかった。こっちのフレーズも僕と同じでこの状況に戸惑っているのかもしれない。
「お前がそう言うなら止はしないが……。昨日飲み過ぎて調子が悪いんだから無理するなよ。」
「そんな事言うのはどの口かしら? 貴方がお酒沢山飲ませるからフレーズは調子が悪いんじゃない。」
昨日あれだけお酒を煽っておいて今更心配しているのだからエレナも呆れてた様子で指摘した。
それを僕の身体のフレーズが苦笑しながら、僕をギルドハウスの裏に引き連れて行く。
そして2人が見えなくなると、今までの笑顔から醜悪な笑みに変化し僕を突き飛ばした。
その勢いで僕は思わず尻もちをついてしまう。
「何するんだよイキナリ! 」
突然手荒な真似をされたので僕は威嚇するように睨みつけるが、相手は僕を鋭い目つきで見下してくる。
「まさかお前の方から来てくれるとはな。探す手間が省けた。もう察しが付いていると思うがそうだよ。俺達は入れ替わった。」
「やっぱり。君がハルトか。なら話は早い! 早く戻ろう! 」
「戻る? なんでだ。せっかく入れ替わったのに。」
僕の身体にいるハルトに僕は早速戻ることを提案する。
だけどハルトはそれを否定し、僕が出したことのない悪質な声で笑い出した。
それを聞いた僕は今まで感じたことのない嫌悪感に襲われる。
「まだわかっていない様だから教えてやる! 俺が秘術を使ってお前と入れ替わったんだよ! 俺はどうしてもやらなきゃならないことがある。その為にお前の力が必要だったんだ! 」
「入れ替わりの秘術!? そんな魔術聞いたこと無いぞ! 」
本当だったら鼻で笑い飛ばす所なんだが、実際に僕らは入れ替わっている。
そんなものが存在し、皆が使っていたら世界が滅茶苦茶になるぞ。
「秘密じゃなかったら秘術じゃねーだろ。俺意外には知っている奴はいない。いいや、もう1人いるか。本当はこんなもの無ければよかったんだ・・・。そうすれば俺達の村はあいつに襲われる事はなかった。」
ハルトは悔しそうに顔を歪めて手が震える程握り拳に力を入れる。
「何か事情が有るみたいだね。それなら相談してくれればよかったのに。力になるよ。」
「その必要はない。なんの為に入れ替わったと思っているんだ。俺は俺の手であいつに復讐する。」
「復讐するために僕と入れ替わったのか!? 復讐したいのなら1人で鍛えて勝手にすればいいだろ! 自分で努力しろ! 」
復讐なんてしても何の意味もない。
ただ自分が納得するだけだ。
だけど復讐すべき相手への憎しみも家族を失った悲しみも否定する気もない。
本当にそれは身が潰れそうな程悲壮な気持ちに支配されるのだから。
僕もフレラを失った時、恐ろしい程の喪失感に襲われた。
だけど僕が落ち込む為にフレラは僕に力を託した訳ではない。
そこで自暴自棄になっていたらそれこそフレラは無駄死にだ。
フレラの最後は満足そうだった。
その笑顔に答えるために僕は今まで頑張ってきたのだ。
だから他人の復讐の為にフレラの力を使われるなんて許せない。
フレラの事だから気にするなと言われそうだけどそれとコレは話が別だ。
僕は身勝手なハルトに怒りをぶつけるがそれを上回る怒声でハルトは叫んだ。
「それが出来たなら苦労はしない! 俺だってそうしたかったさ! だけど、無駄なんだ! 無理なんだよ! 俺の魔法じゃ! どう足掻いてもあいつに勝てない!いいや、誰にも勝てないんだよ! 」
「だからって人の力を奪う理由にはならないだろ! 返せよ僕の身体を! 返せよフレラの力! 」
感情のままに殴りかかるが、ハルトはそれを軽く受け止める。
そしてそのまま僕の腕を締め上げる。
「俺がお前に勝てる訳無いだろ? 」
「それ。自分で言っていて虚しくないのか? 」
「虚しい? いいや、虚しくないね! 今日からコレは俺の力なのだから。どうやったのか知らないがお前も人から力を奪った口だろ?結局お前も同類じゃないか。」
卑屈な笑い声で人として最低な事をいい放つハルト。
違う。
本当はこんな力いらなかった。フレラが居てくれればよかったのに。
僕はその隙にこの手から抜けだそうと頑張るが逃れることはできない。
ギリギリと腕が悲鳴を上げている。
「おいおい、暴れんなよ。腕が折れちまうだろ。元は俺の身体なんだから大事にしてくれよ。」
「そんなに大事なら元に戻ればいいだろ? 」
「そいつはゴメンだ。」
くそ、腕力じゃ勝てない。
もっと鍛えておけよこの野郎。
かと言って魔法を使おうにもこの身体が何を使えるのかもわからない。
いいや、1つ使える魔法があった。
使えると言っていいものかわからない程粗末な物だけれど。
僕はガルード達に見せたあの火の粉をあいつの眼前で唱えた。
その拍子に僕の顔に軽い火傷ができるが、あいつは思わぬ魔法に驚いたようで拘束から逃れることができた。
「はは。やるじゃねーか。流石天才様だな。俺ですら使ったことのない魔法をその身体で使うのか。」
「こんなもの魔法なんて呼べないけどな。」
「それもそうだな。そんな火じゃ精々蟻を燃やす位しかできないだろ。そうだ。せっかくだから本当の火炎魔法を見せてやろう。お前も良く知ってる魔法だけどな。」
ハルトは心の昂ぶりを抑えきれない様子で詠唱を始める。
「我に眠りし火流の力。集い、猛り、渦となれ。メルフレム・ストラ。」
ハルトが詠唱を終えると僕を中心に炎の渦が巻き起こる。
魔術で防ごうと考えたが時間がない。
そもそもこの魔法を防ぎ切る魔術はなんて物は知らない。
魔法も使えない僕は為す術もなくそのまま灼熱の渦に飲まれる。
「おっと、調子に乗りすぎた。死んでもらっても困る。自分で自分を殺すなんて事したくないからな。しかしこれは凄いぞ。魔力が、力が湧いてくる。これなら誰にも負けはしない! 」
僕が炎に飲まれると同時にハルトは魔法を解除する。
飲まれたのはほんの数秒だったがそれでも僕の身体は大火傷を負った。
「この事をギルドの連中に話しても無駄だぞ。なんの為に俺はお前を調べ尽くしたと思っている。お前を演じる俺をあいつらが疑う事はない。それに念のため、お前に妄言を吐かれたとあいつらにも伝えておくか。これでお前が話しかければ変質者扱いされるだけだ。」
「返せ……。返せよ……。」
全身が火傷で悲鳴を上げているがそれでも僕はハルトの足にしがみつく。
それをハルトは苛立ちながら僕を足蹴にする。
「しつこい奴だな。返してやるよ。俺の復讐が終わった後でな。それか。そうだな。その身体で俺に勝てれば戻ってやるよ。その時はもうお前の力を借りる必要もないって事だからな。出来るわけがないだろうけど。」
「おい! 魔法が見えたがどうしたんだフレーズ!? 大丈夫か!? 」
ハルトが大規模な魔法を唱えた音を聞きつけてオーベルとエレナが駆けつけて来た。
魔法の余波で木々がぱちぱちと音を立てて燃えているのを見たエレナは魔法で消火していく。
「あぁ、大丈夫だよ。この人が僕を突然襲ってきたから迎撃しただけだって。僕はなんともないよ。」
「そうか? それならいいが。大したことない奴が相手だったから良かったが、手練だったらどうなっていたか。調子が悪いのに無理するなよ。」
先ほどとは打って変わって人のいい笑顔を駆けつけた2人に向けるハルト。
白々しいにも程がある。
そしてその笑顔のまま、倒れている僕に近づくと小瓶に入った回復薬をそっと地面に置いた。
「ここまでするつもりは無かったんです。ごめんなさい。だからコレはその謝罪です。身体を癒したら僕にはもう関わらないで下さい。」
最後に2人に見えないように僕の顔を見ながら勝ち誇った様にニヤリと笑うと2人の元へ歩いていった。
「待て。待てよ。」
僕の静止も3人に届かず虚しく響くだけだ。どんどん僕との距離が離れていく。
「なんだよ。襲われたのにそこまでするのか。放っておけば良い物を。」
「フレーズは少々優しすぎます。そこがいいところでもあるのですけど。」
「でも、ここまでする必要はなかったからね。僕の落ち度だよ。」
段々と意識が朦朧になっていくので僕は仕方なしにあいつが置いていった回復薬を飲み干す。
僕の全てを一瞬にして奪ったあいつへの憎しみとそれを阻止できなかった僕の不甲斐なさに涙を流しながら。
回復薬を飲んでも身体は全快にはならない。
辛うじて歩ける様になる最低限な量しか置いて行かなかったみたいだ。
一生このままなのか?
よくわからないあんな最低最悪な他人と入れ替わったままずっと過ごすことになるのか?
ああ、ダメだ……。
もう何も考えられない。
奈落の底にでも落ちたかのように心細さだけが僕を駆け巡るのを感じる。
不安で押しつぶされそうだ……。
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