第70話 最終話『ゾンビを憐れむ歌』第二十三回


「愛美を撃ったのはおそらく『狩人』、俺に麻酔弾を撃ち込んだのは、たぶんブラックゾンビだろう」


 俺はやりきれない気持ちで言った。甦った記憶は、むしろ知らないままの方が良かったと思えるような残酷な真実を俺にもたらした。


「金森はわざと愛美を逃がし、林の奥で待ち構えていたブラックゾンビの仲間に引き渡すつもりだった。……だが、同時に愛美を追っていた二人組の『狩人』のうちの一人が、ブラックゾンビよりも先に愛美を発見してしまった。


 襲われた愛美は恐怖によってゾンビの本能が甦り、逆に『狩人』を殺害、思わずその肉を食らってしまう。俺が発見した死体は、愛美が殺めた『狩人』のものだったのだ。そして俺に見つけられた愛美は本能にあらがえず、俺すらも「捕食」しようとした。


 そこへもう一人の『狩人』が現れた。「食餌」を得て本来の能力を取り戻し、俺すらも喰らおうとしている愛美を見た『狩人』は手に余ると判断し、愛美を殺害することにした。


 そこで愛美を迎えに来たブラックゾンビと遭遇し、愛美を『狩人』が殺害したと知ったブラックゾンビが『狩人』を殺害、愛美の死体が行方不明になると大事件になりかねないので仕方なく死体を放置、その代わりに二人の『狩人』の死体を始末し、意識を失った俺の身体を離れた場所に移動させたのだ。


 金森が拾って撃った拳銃はおそらく『狩人』が落とし、ブラックゾンビが回収し損なった物だろう」


 俺が言い終えると、逢賀は瞑目した。そして太い息を吐くと、大きく頷いた。


「やはりそうか。あの時、山中で殺害された人間は、愛美だけじゃなかったんだな」


「ようやく思い出したようだね。君が彼女の前に現れたおかげで、彼女は不要な「食欲」をかきたてられ、それが原因で『狩人』に発見されたのだ。

 もう少しで生きて我々の元にたどり着くはずだった貴重な同胞が、君が出しゃばったおかげで帰らぬ人となってしまった。君が記憶を失ったのは、おそらくそのことを思い出したくなかったからに違いない」


「たしかに俺は愛美を助けられなかった……俺はただの教師で、この世にゾンビなんてものが実在するとも思わなかった。それが罪だというのか」


「そうだ。君が後にゾンビとなったのも、言ってみれば「償い」のようなものではないのかね?教え子に噛まれたことが、その引き金になったとは思わないかね?」


「愛美が俺の首に噛みついたから、俺はゾンビになったというのか?……馬鹿な。俺はブラックゾンビじゃない。ゾンビに噛まれた人間がゾンビになるなんて言うのは、映画か漫画の中のお話だ。そうやってありもしない俗説を作り出すことが、逆にゾンビを貶めることになるんだ」


「……だそうだ、どう思うかね?あの男の話を」


 逢賀はユキヤの兄、直文に囁いた。直文は、捕えられた時点で抵抗する気力を根こそぎ奪われてしまったのに違いない。ただ怯えたような目で俺を見つめるだけだった。


「あの男は、言ってみればゾンビ社会全体の敵だ。君が過去に犯した過ちはやむを得ないとして、今一度、我々のために協力してはもらえないかね?哀れな金森彰の死を無駄にしないためにも」


 そう言うと逢賀は直文に『死亡銃』を握らせた。


「よく聞きたまえ。今から彼が君を撃つ。もし、抵抗すれば彼を我々が撃つ。十年前と同じように、君の行動一つで、無関係の人間の生死が決定するのだ。さあ、どうするね?」


 俺はその場に固まった。少しでも不審な動作をすれば、直文は射殺されるだろう。


「さあ、撃ちたまえ。君が十年もの間、苦しむことになったのも、もとはと言えばあの男のせいなのだ」


 直文は、緩慢な動作で銃を俺に向けた。俺はじっとその動作を見つめていた。他にできることは何もなかった。直文は俺に狙いをつけ、そのまま微動だにしなくなった。


 いつでも撃て、俺は直文に目でそう告げた。やがて、銃口が震えだしたかと思うと「でっ、できないっ」と叫んで直文は銃を放り出した。


「きっ、貴様っ」


 直文はくるりと踵を返し、その場から逃げ出そうとした。逢賀は銃を拾い上げると、直文の背中に銃口を向けた。


「やめろっ」


 俺は逢賀に鞭を放った。鞭は銃身に巻き付き、俺が強く引くと逢賀の手から離れ、宙に浮いた。俺は落下してきた銃を右手で受けると、銃口を逢賀の顔に向けた。


「こっちへ来い」


 逢賀は助けを求めるように周囲を見回した。部下たちの構える銃が、一斉に俺の方に向けられた。俺は銃口を逢賀の顔からそらさず「馬鹿な事を考えるんじゃないぜ。俺を撃つ前に、こいつがぶっ倒れるぜ」と言い放った。


 逢賀は身動きできぬまま、口だけをパクパクと動かしていたが、やがて諦めたように自走式破砕車の所まで来ると、車体によじ登った。


「ようし、トレーラーを動かして、こいつが通れるだけの進路を開けろ」


 俺は逢賀の首に自分の左腕を巻き付けると、右手を振り上げて言った。右手が徐々に石化してゆくのがわかった。


「さあ、言われたとおりにしろ。でないとこいつの頭蓋骨がぐしゃぐしゃになるぜ」


 俺は石化がほぼ終わった右の拳を、逢賀の頬に押し付けた。そのまま運転席まで引きずっていこうと、一歩踏み出したその時だった。俺の背中を衝撃が見舞った。


 思わず膝が崩れ、前のめりになった。肩越しに振り返ると、後方に停車しているトレーラーのコンテナ上から俺に向かって銃を構えている狙撃手がいた。


 俺は振り向きざまに『死亡銃』を撃った。矢は標的に命中し、狙撃手はコンテナの上に前のめりに崩れた。


             〈第二十四回に続く〉

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