第68話 最終話『ゾンビを憐れむ歌』第二十一回


 声は後方からしたようだった。俺は重機を半回転させた。いつのまに現れたのか、前方の道路上に逢賀が、傍らにひどく憔悴した様子の青年を従えて立っていた。


「君の車があちこち寄り道をしている間に、先回りさせてもらったよ。この青年が誰かわかるかね?」


 俺は青年に目をやった。二十代後半くらいか。気弱そうな眼差しが、記憶のどこかを刺激したが、知っている人物だと言い切る自信もなかった。


「十年ほど前に、君は彼と会っているはずだがね。金森彰のマンションで」


 俺は思わずあっと叫びそうになった。十年前……ユキヤの兄さんか?


「彼は金森の自殺以来『ブラックゾンビ』という言葉におびえていたそうだ。

……それで、困ったことにインターネットなどで『ブラックゾンビ』について情報を得ようとし始めた。これ以上、騒いで世間の注目を集められては、我々としても活動しにくくなる。……金森の自殺は我々にとって望まぬ結果であったが、彼はまだ、生まれ変わる余地がある」


「洗脳か。金森も洗脳しようとして、失敗したんだな」


「まあ、話を急ぐな。君が我々に与えた損害について、どうもまだよく理解していないようだから、このあたりできちんと真実を知るといい」


「真実?真実とは何だ。それに、俺はあんたたちに損害など与えた覚えはない」


「ふむ。……これだから記憶を無くした人間は困る。真実とは、君が十年前に見た全てだよ」


「十年前に……俺が一体、何を見たというんだ」


「それを教える前に、金森がなぜ、我々を恐れていたかを教えよう。金森が我々を恐れていた理由は、ブラックゾンビの掟を無視して粛清されることを恐れていたからだ」


「ブラックゾンビ?金森彰がブラックゾンビだったというのか?」


 俺は絶句した。頭を殴られたような衝撃だった。


「そうだ。金森が窪沢愛美を監禁した理由は、金森の生命維持を保障している組織が、そう命じたからだ」


「生命維持だと?それはつまり、生きた人間の身体を供給するということか」


「そうだ。金森は高校三年の時、事故で不幸にしてブラックゾンビになった。その後、自分の異常な体質に悩んだ金森はありとあらゆる情報を集め、ブラックゾンビの総元締めである設楽存の元にたどり着いたのだ」


「設楽存……」


「そうだ。そして、ブラックゾンビを通じて知り合った闇の世界の住人から、様々な依頼を受け、それを果たすことで「生餌」を得ていたのだ」


「窪沢愛美を監禁することも、依頼の一つだったのか」


「正確に言うと、窪沢愛美の身柄を引き渡すことだ。彼女は自分の継父を「生餌」にすることで覚醒した、まれにみる潜在能力を持ったブラックゾンビだったのだ」


 俺はその場に昏倒しそうになった。愛美が……ブラックゾンビだと?


「愛美と親しくなった金森は、感情移入したのだろう、愛美を引き渡せという我々の要求を、何かと理由をつけて拒んだ。同じころ、やはり愛美の能力に目をつけていた『狩人』たちも動いていた。我々は急がねばならなかった。そこで金森に、監禁され、山中に連れ出されたという設定で、待っている我々の仲間に愛美を引き渡せと命じたのだ」


「でも、金森は愛美を逃がそうとした。暴行に失敗して逃げられたという筋書きで」


「その通りだ。その結果、愛美は「狩られて」しまい、我々は彼女の死体を放置せざるを得なくなった」


 そうだったのか……愛美の死体が、額を撃ち抜かれた理由がこれだったのだ。ブラックゾンビであったがゆえに、そういう殺害方法を取らざるを得なかったのだ。 

「金森は事件後、愛美を死なせてしまった罪悪感と、我々に対する任務不履行で悩み、怯えるようになった。そんな金森に対し、我々は死粒子を不活性化する薬品を投与した。


 もし金森が我々に身を委ね「再洗脳」に応じれば、不活性化を止める薬品を投与する。従わなければ、そのまま普通に死を迎える。……どちらかを選べとね。ところが、彼の選んだ選択肢はそれ以外の物……つまり「自殺」だった」


「つまりお前たちは愛美だけでなく、金森も失ったというわけか」


「そうだ。それもこれも、もとはと言えば君が愛美を死なせてしまったからだ」


「俺が?愛美を殺害したのは『狩人』だと今、あんたが自分で言ったんじゃないか」


「直接、手を下したのは『狩人』だ。だが、彼らにそのタイミングを与えたのは、君だ」


「なんだって……」


「あの時、君は山中に入り、金森たちの元から逃げおおせた愛美と『狩人』たちより一足早く出会っていたのだ。そこで君がある行動を取らなければ、彼女は死なずに済んだのだ」


「ある行動……」


 俺の頭の中に、一つの光景が浮かび上がった。その瞬間、俺はすべてを思い出していた。


             〈第二十二回に続く〉

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