第67話 最終話『ゾンビを憐れむ歌』第二十回


歩き出して間もなく、俺たちの前に一台のワゴン車が現れ、滑るように停まった。


 涼歌と少女はまた捕えられると思ったのか、びくんと体を震わせ、身を引いた。俺は思わず、身構えた。やがて運転席側のサイドウィンドウが開き、ブロンドヘアが現れた。


「ルナ!」


「はあい。ミカから、あんたが店から出てきたら連れてきてって。……さ、早く乗って」


 俺たちはルナの好意に甘えることにした。全員が乗り込むと、ルナは小さい体を一層深くシートに沈めた。


「さあ、まくるわよ」


 ワゴン車は、猛ダッシュで店の前を飛び出した。追手を避けるためか、ワゴン車は路地から路地へと、目まぐるしく駆け抜けた。ルナが国際A級ライセンスの持ち主だと知っている俺は驚かなかったが、後部席の少女たちは怯えたような表情で身を寄せ合っていた。


「とりあえず、アタシとミカの住んでるマンションに行くわね。このままじゃ、そちらのお嬢さんたちのご両親がびっくりするでしょ?」


 ルナが住んでいるマンションは、場末のラブホテル街にある。オカマとゾンビに連れ去られると知ったらご両親はびっくりどころじゃすまないだろう。


 ワゴン車は幹線道路をしばらく走行した後、枝道を通って駅前の繁華街に入った。


「三つ先の信号を左に曲がって坂を登ったら到着よ」


 客待ちのタクシーでごった返す通りを器用にすり抜けながらルナは言った。ネオンの数が次第に少なくなり、ワゴン車の周囲から走行する車両の影がなくなった、その時だった。


「えっ?」


 ふいに脇道からトレーラーが出現し、ワゴン車のゆく手を遮るような恰好で停車した。


「ちょっと、通せんぼする気?」


 ルナはいきりたった口調で叫ぶと、ワゴン車をUターンさせた。だが、方向転換したその先にも別の大型トレーラーが現れ、再びワゴン車の行く手を塞いだ。


「ルナ、二人を連れて脇道から逃げろ。車は俺が何とかする」


「どういうこと?」


「敵だ。先回りされてた」


 ルナは一瞬、躊躇するそぶりを見せた後「わかったわ」と言ってシートベルトを外した。


「……よし、今だ」


 俺が合図を送るのと同時に、三人は車外に飛び出した。俺は運転席に移動すると、前を塞いでいるトレーラーに向かってクラクションを鳴らした。

 様子をうかがっていると、トレーラーのコンテナが箱を開けるように上下に開き始めた。中から現れたのは、異様な形をした重機だった。


 それは、廃棄物処理場などで使用される自走式破砕機と呼ばれる物に、二本の巨大なロボットアームを取り付けた怪物だった。怪物はゆっくりと向きを変えると、トレーラーのコンテナから道路に降り始めた。


 キャタピラーの不気味な振動がアスファルトを揺るがし、ワゴン車の中まで響いてきた。怪物重機はワゴン車の数メートル手前で動きを止めると、威嚇するようにロボットアームを高々と振り上げた。


 漏斗のような巨大な上向きの投入口の向こうに塔のように突き出た運転席があり、そこに見慣れた人物が乗っていた。


「とうとう年貢の納め時が来たようだね、青山君!」


 スピーカーから耳障りな声が吐き出された。俺はワゴン車から降りると、重機の前に立ちはだかった。遥か上方に、勝ち誇ったような天元の顔があった。


「わざわざ餌食になりに出てきたのかい。感心な態度じゃないか。この破砕機は完成したばかりでね。初めての餌が君なんだよ」


 頭の上でモーター音が鳴り響いた。俺は策を巡らせていた。ロボットアームに狙われる前に背後に回って車体に飛び乗るか、破砕口の縁を伝って正面から運転席に到達するか。


「さあ、覚悟したまえ!」


 ロボットアームが左右から同時に襲い掛かってきた。思いのほか俊敏な動きに虚を突かれ、俺は思わず前転で重機の正面に飛び込んでいた。


「どうしたんだい?轢き殺されたいのかい」


 キャタピラが再び動き出した。俺は咄嗟に車体正面部にしがみついた。すぐ頭上に破砕口の漏斗があった。こうなると破砕口の縁から懸垂でよじ登るしかない。

 

 俺は手を伸ばすと、必死で破砕口の縁に指を掛けた。ハングオーバーしているので一旦、足を宙に浮かせなければ上に行くことはできない。思い切って車体の端から足を離した、その時だった。鋏のようなアームの先が、俺の身体を捉えていた。


「ぐえっ」


 俺の身体はやすやすと破砕口から引きはがされ、宙に浮いた。


「あっはっはあ。いい眺めだよ、青山君」


 ロボットアームは軽々と俺の身体を持ち上げ、破砕口の真上にかざした。下を見ると、四角い穴の中で回転するブレードが餌が来るのを待ち構えていた。


「悪いがそろそろ破砕機が餌を欲しがっているのでね。協力してもらうよ」


 天元はそう言うと、俺を掴んだアームをゆっくりと下げ始めた。破砕口と足の裏の距離が数十センチにまで縮まり、運転席の天元と向き合う高さになった。


「さて、何か言い残すことはないかな?」


 天元は薄笑いを浮かべて言った。勝利を確信している顔だった。


「悪いが、馬鹿は死んでも治らないんだ」


 突然いましめが解かれ、体が宙に浮いた。俺は鞭を運転席に向けてはなった。鞭は運転席の横から突き出ているライトに巻き付き、俺の身体は空中で振り子のように大きな弧を描いた。


 つま先ががつん、と破砕口の縁に当たり、俺は思わず両足を上げた。次の瞬間、俺の身体は運転席の基底部に激突していた。俺はふらつきながら立ち上がると、すぐそばの梯子をよじ登り、運転席にたどり着いた。


「う……うわっ」


 俺に気づいた天元が身をよじって絶叫した。ロボットアームが回転し、頭上から俺に襲い掛かった。俺はアームをかわしながら運転席のドアを開け、天元の身体を外へ引きずりだした。バランスを崩した天元は俺の手から離れ、そのまま地面へと落下した。


「いっ……痛いいいいいっ」


 わずか二メートル程度の落差にもかかわらず、天元は大声をあげてのたうち回った。


「たまには運転席から出て、人の痛みを知るんだな」


 俺は運転席に乗り込んだ。このまま、トレーラーを排除して脱出することも可能なように思えた。シフトレバーを前進に入れようとした、その時だった。拡声器を通したような声が、あたりに響き渡った。


「そこまでだ、泉下君」


             〈第二十一回に続く〉

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