第61話 最終話『ゾンビを憐れむ歌』第十四回
『海坊主』の店主、美倉は店内に現れた俺を見ると、したり顔で声をかけてきた。
「よう、旦那。今日はちょいとばかし毛色の違う逸品が入ってますぜ。『アストロX』の裏番組だった『獣人軍団ガオス』の歩行プラモだ。箱入り美品、未開封で五千六百円。どうだい?」
「相変わらず商売熱心だな。ラインナップは非常に魅力的だが、あいにく、今日は商談をしに来たわけじゃない」
ただ事ならぬ様子を感じ取ったのか、美倉は愛想笑いを引っ込めた。俺は少し躊躇した後、本題を口にした。
「あんたの持っている『ひみつ道具』を少し用立ててほしい」
美倉は唾を飲み込むと、しばし沈黙した。
「……戦うのか」
「そうだ。協会の方針に反する行為に加担させることになるが、目をつぶってほしい」
「どうやら本気らしいな。……だったら俺も何も言わん。こっちに来てくれ」
美倉はカウンターの奥を目で示し、俺についてくるよう促した。スタッフルームの奥にばかでかい観音開きのスチールキャビネットがあった。美倉が扉を開けると、所狭しと詰め込まれた様々な器具が現れた。
「これはわかるな。『死亡銃』、通称『ボウガン』だ」
そう言うと美倉は小ぶりのショットガンのような銃を取り出した。もっともポピュラーな対ゾンビ装備で、弾丸の代わりに小型の矢を発射する。殺傷能力は低く、敵に命中すると『サイレント・ミスト』の成分に麻痺薬を混ぜた液体が飛び出す。
「次はこれだ。手袋に入れて使う『閃光盾』だ」
美倉がテーブルの上に広げたのは、CDを小さくしたような円盤だった。
「敵に近づかれた時、拳を握って手に微弱電流を流すと爆発的な光を発する。主に逃亡に使うものだ。こいつの問題点は一枚につき一度しか使用できない事だ」
俺はふんふんと感心しながら美倉の並べる『ひみつ道具』を品定めしていった。これらはもともと『狩人』たちが使用していた装備に手を加えたもので、ゾンビ同士の戦いを禁じている協会では殺傷能力を無くしたり、防御用に改造したりして使用していた。
「あとはこれだな。『閃光盾』と似ているが、こちらは幻覚を発生させる『夢煙弾』だ。これもまあ、いわば逃亡用だ。『死人鞭』は持っているんだろう?」
俺は頷いた。とある先輩ゾンビから譲り受けた武器だが、ゾンビ同士で戦う事になるとは夢にも思わず、物置の奥にしまいこんだままだった。
「攻撃に関しちゃ道具なんかより、自分の能力を使った方が手加減できていいだろう?」
「たしかにそうだな。『死亡銃』も、相手がゾンビでなけりゃ使わないものだ。できればそう言う事態にならないことを願っているんだが」
「戦うとなりゃ、亡者だろうが生者だろうが、なりふり構わず相手にしなきゃならないだろう。あんたがこいつを借りに来た時点で、覚悟はしているよ」
「すまない。借り賃は後でカードで払う。なんならうちの店を抵当に入れても構わない」
「残念だが、あんたの店とうちの店とじゃ、客層が違いすぎる。今回は貸しにしとくよ」
「ありがとう。協会に何か言われたら、俺に脅されて仕方なく渡したと言ってくれ」
「そうはいかない。俺が丸腰のあんたに無理やり押し付けたって言っておくよ」
「あんたにはできるだけ迷惑をかけたくない。……目的を果たしたら借りた道具を返しに戻ってくるから、一応『獣人軍団ガオス』の歩行プラモも取っておいてくれ」
「ああ、わかった。戻ってくるのが遅いと、値段が跳ね上がるぜ」
「守銭奴め。覚えておくよ」
〈第十五回に続く〉
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