第57話 最終話『ゾンビを憐れむ歌』第十回
俺は一瞬、言葉の意味がわからず「どういうことですか」と返した。「おやっさん」は、苦虫を噛み潰したような顔になると
「言葉通りだ。人を食らうゾンビだよ」と言った。
「そんな連中がいるんですか」
「ああ。仮に俺たち『還人協会』に属するゾンビを『ホワイトゾンビ』としてみよう。『ホワイトゾンビ』は映画のゾンビのように、人間を食らったりはしない。俺たちの『死粒子』はこれといったエネルギーを供給しなくてもちゃんと活性化する。これに対し『ブラックゾンビ』の『死粒子』はエネルギーがないと活性化しない。それがつまり……」
「人間の肉、というわけですね」
「そうだ。生者の体組織や体液の何かを栄養として生きるゾンビ、それが『ブラックゾンビ』だ。その絶対数は俺たちの半数とも三分の一とも言われる。奴らは少数派なんだ」
「なぜ、存在が知られていないんですか」
「俺たちや『狩人』に狩られると困るからだ。俺たちの身体が謎だらけのように、奴らのそれもまた、謎に満ちている。やつらは生者や俺たちに交じって、自分たちの延命と絶対数の増加をもくろんでいる。……ちょうど」
「おやっさん」はテーブルの上のオセロに手を伸ばした。白い駒が黒をあと一列というところまで追いつめていた。
「こんな風にしたいとな」
「おやっさん」は白い駒を次々と裏返して言った。風前の灯火だった盤面上の黒が、一気に白を駆逐し、盤面を埋めていった。
「『ブラックゾンビ』の特殊能力は『ホワイトゾンビ』よりはるかに秀でている。お前さんが奴らとまともに戦ったら、まず勝ち目はないだろう」
「『還人協会』では『ブラックゾンビ』をどう考えてるんです?」
「表だって戦う意思はない、というスタンスだ。今の状況で俺たちが奴らに総攻撃をかければ、おそらく奴らは全滅するだろう。だが、奴らには奴らの存在意義という物がある。俺たちと奴らが共存できるかどうか、まだ何もわかっていないというのが現状だ」
「つまり『ブラックゾンビ』による事件があるとすれば、単独で起こしたものである可能性が高いと?」
「それか、何らかの見返りを求める生者、あるいは『狩人』と連帯しているかだ」
「狩人とブラックゾンビが……」
「一部の生者にとって、ほとんどエネルギー無しで活性化する俺たちの『死粒子』の秘密は喉から手が出るほど欲しいものらしい。もしそれに奴らが加担していれば……」
「『ブラックゾンビ』と『狩人』の両方から狙われる『ホワイトゾンビ』が出てくるというわけですね」
「なぜ、お前さんが今まで『ブラックゾンビ』の存在を知らされずにいたか、わかったろう?多くの敵と戦ってきているし、そのたびに新しい能力を開発してきてもいる。お前のようにとびきり能力値の高いゾンビは、本人の知らない間に名が知れ渡っているものだ」
「つまり俺は、ゾンビ界のお尋ね者だ……と?」
「そういうことだ。だからこそ協会は、奴らがおいそれとお前を襲撃できないよう、できるだけ衆人環視の中で普通に生活するよう促してきたのだ」
「余計なことを教えて、奴らと一戦交えたりすることがないように……そうですね?」
「その通りだ。今だって、俺は協会の決定に反したことをしているんだ。お前が余計なことを言わせたおかげでな」
「なるほど。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「謝るなら、俺にじゃなくてこの街の何百という同胞たちに言うんだな。お前さんの動き一つ一つが、そのままゾンビ社会の安否を左右するのだと思ってくれ」
俺は愕然とした。言うなれば、エリカは俺のとばっちりを食って病院行きになったようなものなのだ。……だが「おやっさん」の語った事実が逆に、俺にある決意をさせた。
「おやっさん。迷惑ついでに一つ、頼みがあります」
「なんだ、この上、頼みごとか。つくづく図々しい奴だな」
「
「おやっさん」の両目が大きく見開かれ「本気か」という表情になった。
「協会の幹部でもあるおやっさんなら、星谷守とのパイプもあるはずです。お願いします、会わせて貰えませんか」
「おやっさん」は押し黙ると腕組みをし、深く考え込む表情になった。星谷守とは還人協会の会長にして、創設メンバーの一人でもあった。その手腕は超人的と言われ、協会の幹部ですら滅多に顔を見る機会もないという。
「会ってどうする気だ」
「彼に聞いてみたいんです。友人のために戦う事の重さを、どう思うかを」
〈第十一回に続く〉
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