第53話 最終話『ゾンビを憐れむ歌』第六回



 パソコンのキーボードをたたきながら、俺はカフェに出入りする客層をさりげなくチェックしていた。平日の午後三時とあって客足はまばらだったが、静かな分、近くのテーブルで交わされている会話がよく聞こえた。


 カフェの名は『ワン・プラス・ワン』と言い、マンションの一階に入っているごくありふれた店だ。だが、ミカのメールによるとこの店が『ネオ・フロンティア』の面接に使われているらしい。実際に面接らしきものが行われているのか、雰囲気だけでも探れないものかと店を訪れたのだった。


 喫茶店を巡りながら仕事をしている物書き……そんなキャラクターになりきって、適当な文章を打ち込んでいると、ふいに入り口の方から甲高い声やりとりが聞こえた。


「だからっ、どうして落としたのか、教えてくれるだけでいいんですっ」


 俺はパソコンの画面から視線を外すと、声のしたほうを見た。そして思わず声を上げそうになった。店員と何やらやり取りをしているのは『首持ち小僧』で出会った少女、荻原加菜だった。加菜は相当興奮しているらしく、ほとんど食って掛かっているといっていい態度で店員に迫っていた。


「私、納得いかないんです。落ちたのは仕方ないとしても、せめて理由を聞かないとあきらめきれません」


 話の断片を聞いて、俺ははっとした。落ちた、というのはつまり面接の事ではないのか。


「それじゃあ、いずれ正式な回答をうちの方から送るという事でどうでしょうか」


 店員の態度は慇懃かつそっけないものだった。おそらくこういったやりとりはしょっちゅうあるのだろう。回答とやらもきっと決まった文章があるに違いなかった。


「……本当ですか?じゃあ、待ってます」


 加菜は険しい顔つきのまま、形ばかりの承服を見せた。お詫びの意味なのだろうか、店員からグッズのような物を手渡され、すごすごと店を後にした。体よく追い払われたといった形だが、俺は加奈の行動によってこの店がミカの言う通り面接場所なのだと確信した。


 露骨に加奈を追っては目立ってしまうので、俺はしばらく仕事をつづけることにした。


 数分ほど文字打ちに集中した後、俺はパソコンを閉じた。その時だった。ふいに、どこからか視線を感じた。俺は反射的に周囲を見回した。


 ……が、俺に視線を向けている者はいなかった。俺は支払いを済ませると、店を出た。当然のことながら往来に加奈の姿はすでになかった。


 まあいい、涼歌が連絡先を知っているはずだ。詳しいことが知りたければ、改めて聞いてみてもいいだろう。俺はいったん『トゥームス』に戻ることにした。


 住宅地の中の店だけあって、駅までの道もひっそりとしていた。あと少しすれば帰宅する人波で賑わうのだろうが、人気のない昼下がりの新興住宅地は俺のような中年男からするとある種の異次元空間だった。


なんだか落ち着かず、俺はミカにメールしようと携帯電話を取り出した。文字を打つため歩調を緩めた瞬間、俺は異変に気が付いた。背後で聞こえていた足音が、俺が歩調を緩めた途端、聞こえなくなったのだ。


 俺は携帯をいったん、ポケットにしまうと肩越しにゆっくり振り返った。後方数メートル程の歩道上に、ジャンパー姿の長身の若者が立っていた。見覚えのない顔だったが、あきらかに普通の人間とは違う空気を漂わせていた。


 敵か?こんなところで?


              〈第七回に続く〉

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