第52話 最終話『ゾンビを憐れむ歌』第五回


 城代みづきの死因は、自宅マンションからの飛び降りだったという。


 家族や親しい人物の証言によると、いじめなど自殺の要因となるような出来事はなかったという。また遺書も残されていなかったため、思い余った末の死ではなく、発作的な行動であるとの見方が強まっているという。


「信じられない……次のライブをあんなに楽しみにしてたのに」


 通夜、告別式と一通り終えた次の週、店を訪れた凉歌は語気にやりきれなさをにじませて言った。


「俺も不思議に思うし、他のメンバーも同意見だ。少なくとも、俺たちの前で見せていた姿からは自殺につながりそうな雰囲気はみじんもなかったように思う」


「……でも、ご両親からはちょっと気になる話を聞いてるの。自殺の一週間ぐらい前から、様子がおかしかったって」


「どんな風に?」


「なんだかぼーっとして、起きてるんだか寝てるんだかはっきりしない感じだったって。……それで、あきらかに様子がおかしくなったのは、テレビを見ていてCMで裸の男性の上半身を見た時だったらしいの。突然、立ち上がって獣じみた声を上げて、そのまま部屋にこもってしまったんだって」


「男性の裸か……どういうことだろう」


「警察は、誰かに暴力を振るわれかけたんじゃないかって思ったみたいだけど、そういう雰囲気もなかったし、友達の中にもそういう話を聞いた人はいなかったみたい」


「本人が言わなかっただけで、何かあった可能性もある」


「もちろん、それはわからないけど……もう一つ、みづきちゃんはお父さんと仲良しで、休みの日はしょっちゅう一緒に出掛けたりするくらいだったの。

それが彼女が亡くなる前日、帰って来たお父さんのスーツをしまおうとして、突然、その場に倒れてしまったっていうの。目を覚ましてからもずっと、喋らず飲まず食わずで部屋に閉じこもっていたんだけど、家族がほんの数分、家を空けたすきにベランダから飛び降りてしまったのよ」


「お父さんのスーツ……一体、どういうことだろう?」


「お父さんには特に思い当たることはなかったみたい。しいて言うならその日、仕事で接待していた相手の香水がきつくて、お父さんのスーツにもその香りが少し移っていたってことぐらい。……でも、死にたくなるような香りなんて聞いたこともないし、それが理由とは到底思えない。何か他の事と結びついていたっていうならともかく」


「他の事?」


「たとえば前の日に彼氏に振られていて、その彼が付けていた香水だった……とか」


「みづき君に付き合っている人はいたのかい」


「わかんない。私が訊いた限りでは「いない」って言ってたけど、わからないわよね」


「それ以外で、気になることは?」


「うーん……あっ、そういえば彼女、芸能スクールみたいなところに通ってるって言ってたわ。本当は内緒にしなくちゃいけないってことで、親にはボランティアサークルに入ってるって言ってたみたいだけど」


「ボランティア団体を装った芸能スクールか……どうも臭うな」


「うん、確かに怪しいわね。調べてみる?」


「その団体の名前は?」


「たしか『ネオ・フロンティア』とかいう名前だったと思う。芸能スクールなのかそうじゃないのか、本当の所はわからないわ」


「まずはそいつを調べてみるか……ファンディ、取りあえずここは俺に任せてくれないか」


「わかってる……けど、危ない真似はしないでね。それから、何かわかったらすぐ私に教えるって約束して」


「ああ、約束する。君も、一人でいろいろ調べたりするのは控えてくれ」


 うん、と涼歌は頷いた。本当は自分の手でみづきの死の謎を解きたいはずだ。だが、それを許すわけにはいかなかった。記憶が失われているとはいえ、俺には二度と不幸な事件の被害者を出さないという義務があるのだ。


                 ※


『ジュリエッタ』のボックス席でオンザロックを舐めていると、ステージを終えたばかりの三人組が、衣装のまま汗を光らせて現れた。


「めぐちゃん、来てくれたのねえ。……どうだった?今日のステージ」


「最高に決まってるさ。ちょっといつもよりハスキーなのも良かった」


「あら、見抜かれちゃった。実はのどの調子がいまいちなのよ。せっかくめぐちゃんが来てくれてたっていうのに、もう最悪」


 エリカはそう言うと眉を曇らせた。汗を滴らせ、全身で喘ぐように息をしている姿は、大型の水生哺乳類を思わせた。


「ところで、今日は折り入って頼みがあってきたんだ」


「なあに?アタシたちなら、どんな危ないことでも平気よ。安心して言って」


 この前の、舌男たちの一件の事を言っているのだろう。俺はかぶりを振った。


「いや、この前の男たちの事じゃない。実は、ある団体について調べてほしいんだ」


 俺は声を潜めると『ネオ・フロンティア』の事を話した。真っ先に反応したのはミカだった。ミカは情報通で、元々は理系のエリートとして世界を飛び回っていた人間だった。


「それ、なんか噂を聞いた覚えがあるわ。表向きはボランティア団体で、本当は特殊な芸能スクールだっていう話」


「特殊ってのはいったい、どういうことだ?」


「そこに一年か二年、在籍すると、その後でなぜか有力な芸能プロのオーディションに高い確率で受かるっていう都市伝説があるの」


「実力とは関係なく、か?」


「表向きはそこでの教育が功を奏してってことになってるみたいだけど、本当は違うっていう話もあるわ……ここからはちょっと危ない話になるんだけど」


 ミカは俺に顔を寄せるよう、合図を送ってきた。俺が言われたとおりにすると、ミカはただでさえ野太い声を、さらにぎりぎりまで低めて言った。


「その芸能スクールは実は、政財界や芸能界の大物に女子中高生をあてがう秘密クラブの隠れ蓑だっていう話があるの。芸能スクールと言われて入った女の子に薬を飲ませて人事不省に陥らせ、会員しか知らない特殊なアジトで性的な奉仕をさせる……薬が切れると、女の子はスクールで休んでいたという記憶しか残っていないっていう仕組みよ」


 俺は絶句した。まさか、みづきが通っていた団体がそうだったというのか。


「その見返りに、スクールを卒業した子は、希望する芸能事務所のオーディションに合格できることが決まっているの。女の子はそういう契約を結んでいなくても、ネットか何かの都市伝説を信じて入ってきた子ばかりだから、なんの確約もされなくてもスクールさえ出れば漠然と合格できると思っている。もちろん、親や友人たちには「ラッキーだった」っていう事になっているけど」


「スクールで何があったかは本人も覚えていない。だから、ばれることもないと?」


「何かのはずみで記憶がよみがえらない限りは……ね」


 俺は思わず「あっ」と叫んでいた。みづきがおかしくなったのは、テレビで男性の裸を見た時と、父親の香水を嗅いだ時だという。それはつまり、何かのきっかけで封印されていたおぞましい記憶がよみがえったということではないのか。


「そういうこともあって、無事に芸能事務所に所属できた子には、その後も途切れることなく仕事が回るようになっているってわけ」


「そうだったのか……それが本当なら、一日も早く真実を白日の下にさらす必要があるな」


 俺は三人にみづきの自殺の話を打ち明けた。ミカの話との合致に、全員が押し黙った。


「とにかく、敵の本拠地を見つけ出さないと始まらないな」


「アタシ、ちょっとネットで情報収集してみるわ。何かわかったら教えてあげる」


 ミカが力強く言った。俺は「無茶はするな。気づかれたら君の身も危ないぞ」と言った。


「まかせといて。こう見えても尻尾をつかまれない自信はあるんだから」


 ミカはそう言うと、ウィンクを送ってよこした。エリカとルナも協力を惜しまないと言って俺の手を握った。友情への感謝と、これでいいのかという戸惑いとが胸をよぎった。


              〈第六回に続く〉

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