第50話 最終話『ゾンビを憐れむ歌』第三回


「えーっ、ファンディさん、来られないんですか?」


 公彦の説明に、みづきは信じられないといった表情を見せた。薫から来月のライブで涼歌のナンバーを増やそうという提案があり、当人も交えて話し合おうという運びになったのだが、凉歌からそのことを聞きつけたみづきが是非、参加させてほしいとねだったのだ。


「なんでも急に熱が出たそうだ。原因不明で、子供のからしばしばあることらしい。みんなには申し訳ないけど、すぐ直るからまた改めて参加させてほしいとのことだ」


「あーあ、がっかり。ファンディさんに会えないんじゃ、テンション下がっちゃう」


「まあそう腐るなよ、お嬢さん。せっかくだから、歌ってみるかい?……ちょうどファンディに歌ってもらうつもりで作った曲があるんだ」


 公彦が言うと、みづきは「えっ、本当ですか?」と目を輝かせた。……が、次の瞬間「でも」と言い淀み、眉を曇らせた。


「ファンディさんのための曲なのに、先に歌うなんて……申し訳ないかも」


「ファンディには別に曲を作ったらいいじゃないか。もし、歌ってみて良さそうだったら、君の曲にしちまえばいい」


 俺が言うと、みづきは「それってありなの?」という驚きの表情をこしらえた。

「なるほど、そうだな。じゃあ、とりあえず俺が歌ってみるよ」


 公彦はスコアを用意すると、キーボードの前で歌い始めた。R&Bをベースにマイナー調のフレーズを絡ませた、キャッチーな曲だった。


「いいわあ、これ。……でも、本当にこれ、私が歌ってもいいの?」


「いいとも。サビのコーラスは……イズミでどうだろう」


 いきなり話を振られ、俺は答えに窮した。ファンディのバックで何度かコーラスをやったことはあるが、何度やっても難しく、無事にこなせただけで安堵したものだ。


「それいいな!ファンディさんも、イズミさんのコーラスが入ると安心するって言ってました。……そうだ、三人で歌うっていうのはどうかしら?」


 みづきが興奮した口調で言った。薫と哲也が同意するようにうなずいた。どうやら、みづきはすっかりメンバーのお気に入りとなってしまったらしい。


「ようし、それじゃあ、ファンディが来たら本格的に音合わせをするか。これでまた、新たなファンが増えそうだな」


「あんまり変なオヤジが増えても困るぜ。俺たちがボディガードを兼ねなくちゃならない」


「じゃあ、発表しちゃえばいいのよ。ファンディとイズミさんは付き合ってますって」


「はあ?」俺は面食らった。どこからそういう発想が出てくるのだ。


「だって、今さら隠すことじゃないでしょ?」


「隠すうんぬん以前に、そういう事実はないんだが」


 俺が言うと、みづきは「うそでしょ」といわんばかりに目を大きく見開いた。


「イズミさん、往生際が悪い」


 みづきが言うと、メンバーが爆笑した。どうやらみづきは妄想を抱いたら最後、とことん突っ走るタイプのようだ。俺は涼歌とは単なる友人に過ぎないことを滔々と説明した。


「そうなんですか……だけどイズミさん、どうしてそんなにガードが堅いんですか?」


 ガードが堅い……そんな風に考えた事はなかった。俺は何と答えたものか、考えあぐねた。みづきは俺は沈黙しているのを不服と取ったのか、矢継ぎ早に言葉を繰り出してきた。


「イズミさん、もっとファンデイさんに優しくしてあげるべきです。私ずっと不満だったんです、あんな可愛い人に好かれてるのになんでこの人、いつも仏頂面なんだろうって。このままじゃファンディさんが可愛そうすぎます」


「可哀想って……俺はもともと、こういう性格なんだよ。それに、生きてればいろいろあるわけで、そうそう明るい顔ばかりしてもいられないんだよ」


「いろいろって何ですか?たとえば?」


 無邪気なみづきの問いかけに、俺は思わず押し黙った。一度死んで生き返ったなどという話をしたところで、からかっていると思われるのがおちだ。


「たとえば……死ぬような思いをしてきたとか、まあ、いろいろはいろいろだ」


 背後で薫がくすくす笑う声が聞こえた。俺が女の子に翻弄されるのが面白いのだろう。


「ふうん、死ぬような思いかあ……全然、想像がつかないなあ」


 みづきは小首を傾げ、しばし考え込むそぶりを見せた。……が、突然、何か閃いたらしく「ああっ」と声を上げた。


「死ぬような思いって、もしかして大失恋したとか?……そうなんだ、それでイズミさん、暗いんですね?……やだ、素敵っ!大人の男って感じですねっ」


 いきなりみづきがはしゃぎ始めた。俺は呆れて訂正する気も失せていた。


「ファンディさんがイズミさんを好きになった理由がわかった気がします!……だって、イズミさんがバックでハモり始めた途端、いつも彼女、幸せそうな表情になるんですもん」


 俺はへえ、と思った。と同時に、それは単に緊張がほぐれただけだろう、とも思った。


「ああ、楽しみっ。早く三人で歌いたいなあ。みなさん、早く完成させてくださいねっ」


 みづきはスタジオの中をくるくると舞い踊りながら言った。俺はなんだか、自分のいる場所がひどく賑やかなパーティ会場になった気がした。


             〈第四回に続く〉

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