第42話 第三話『奇妙な事実』第十四回


「よかったあ、めぐちゃんが無事で」


 『スリー・ダイナマイツ』の三人は、ソファに収まるなり俺の身体をなでまわした。


「無事でもないさ。殺し屋は追い払えたけど、お巡りにとっ捕まっちまったからな」


「びっくりしたわよ、本当に。……でもどうして死んじゃったのかしらね、その人」


「それが、死因がはっきりしないらしい。俺が釈放されたのも、殺人だと特定できなかったからみたいだ。……ただ、そいつのポケットを調べたら俺に話した通りの危険物が出てきたというから、あのまま俺と一戦交えていたらひと騒ぎ起きていた可能性もあるな」


「怖いわあ。……めぐちゃんてば、本当に悪運が強いのね。タフな男って感じ」

 三人の撫でまわす部位が、次第に下半身に近づいてきた。俺は慌てて話題を変えた。


「ところで、陽人が容疑者の圏内に入ったみたいだぜ、エリカ」


「やっぱりね。きっと本人も覚悟してたんじゃないかしら。まあ、悪事は必ず露見するっていうことよね。美苗さんのご主人もこれで成仏できるんじゃないかしら」


 成仏、という言葉に、俺は平坂医師の兄という僧侶を思い出した。危機一髪の場面に都合よく居合わせたのは、やはり何らかの理由で「舌男」を追っていたからなのだろうか。


「亡くなった人の事を言うのは何だけどさ、ご主人も、もう少し美苗さんにかまってあげてれば、いくら松沢君が魅力的でもそう簡単にはなびかなかったんじゃないかしら」


「まあ、医者ってのは変わり者が多いからな。そもそもが、見合いみたいなものなんだろう?お互い見込み違いってのは、よくあることさ」


「そうねえ。もともとは、美苗さんのお父さんが、まだ歯医者さんだったご主人に入れ歯を作ってもらったことがきっかけだったみたい。もの凄く腕が良かったみたいよ。美苗さんによれば家でもずっとプラモデルを作ってて、プロポーズの時も冗談で『僕と結婚すれば、望み通りの歯並びが手に入るよ』って言われたみたいだから」


「へえ。そりゃあ変わってるな。どうりでロボットバトルにも興味を持つわけだ」


「なに?ロボットバトルって」


 俺は『ロボコロ』と昇太の話を三人に聞かせた。もちろん秘密兵器の事は省略した。男と男の約束は、決して女に喋ったりはしないものだ。たとえ相手がオカマであっても。


「ふうん。なんだかしらないけど、素敵。オタクの甲子園って感じね。……でも、もしその会場で美苗さん夫妻と松沢君が顔を合わせてたら、何だか気まずいわね」


「たしかにな。布施がそこでなんらかの疑念を抱いたとしても、おかしくはないな」


「それがきっかけで奥さんを問い詰めちゃったのかしら。……なんだか可愛そうね」


「だが、陽人はもともと布施の後輩だからな。『ロボコロ』以前にも三人が顔を合わせる機会はあったかもしれない」


「やっぱり心の問題かしらね……ご主人、美苗さんにこぼしてたそうよ。俺は医者に向いてない、歯科医も精神科も手術がないから選んだんだって」


「まあ、医者の家系だったら止むにやまれずの選択だったってこともあるかもしれないな。もしかしたら結婚自体、元アイドルならいいと強がってはみたものの、本当は親の意向にそっただけの不本意なものだったのかもしれない」


「じゃあ、ますます離婚の障害がないってことじゃない。それがどうして殺人なんて物騒なことになるのかしら」


「不倫が殺人の原因じゃないとしたら……一体、なんだろうな」


 俺はふと、涼歌の言葉を思い出した。いい関係のように見えて、実はすれ違っているかもしれない。……じゃあ、その逆はどうだ。不仲のように見えて、そうじゃないとしたら……


 頭のどこかで、まだ当てはまっていないピースの一つがくるくると回っていた。


                  ※


「やばい、切りすぎちゃった」


 昇太が甲高い悲鳴を上げた。思わず目をやると、昇太が樹脂製のシャフトを手に半べそをかいていた。俺は悪いと思いつつ、失笑を禁じ得なかった。フルスクラッチのモデルなどを作るとき、俺もよくやるミスだった。


「まあ、ここらで小休止を入れろっていう天の声だろうな。飯でも食いに行こうぜ」


 俺は昇太を促し、工房を出た。散歩を兼ねて向かった先は、少し離れた食堂だった。


「ここは餃子がうまいんだ。おごってやるから好きなのを選びな」


 俺は気前のいいところを見せた。昇太は窓際の席に収まると、メニューを開いた。


 俺は新聞を手に、向かい側の席に収まった。注文を終え、新聞を開くと『広がる無縁社会』という見出しが目を引いた。

 生活苦による自殺、ホームレスの増加といった暗い内容が目を引いた。生活苦に陥る人の中には医者や大学教授などもいるという。


 それまでの自分を捨てたくて家出をしたものの、結局はすべてを無くしただけだった……と言った例も取り上げられており、現実の厳しさを突き付けられるような内容だった。


「イズミ、ラーメン来たぜ」


 昇太の声に新聞から顔を上げると、出来立てのラーメンと餃子が目の前で湯気を上げていた。俺と昇太は「いただきます」と声を合わせ、箸を割った。

 スープをすすり、麺に取り掛かろうとした時、突然「よう」という野太い声が背後から飛んできた。


「工専の先生じゃないか。……ひょっとして昇太のお父さん?」


 振り返ると、北中建機で会った作業員の男だった。俺はなぜ、この男が昇太を知っているのかと訝った。とりあえず父親でないことを説明すると、男は「そうか、早とちりだったな」と笑った。


「昇太と知り合いだったんですか」


「まあな。あんまりでかい声じゃ言えないが、時々、うちの工場で重機に乗せてやったりしてるんだよ。まあ、もとはと言えば昇太のお祖父ちゃんの工場だからな」


「お祖父さんの?」


「ああ、北中建機は四年前まで昇太のお祖父さん、まなぶさんの物だったのさ。資金繰りに行き詰った時に相談した弁護士が曲者でね、工場を人手に渡らせないためのアドバイスをしていたはずが、いつの間にか裏切って乗っ取りに手を貸していたんだ。学さんは亡くなるまで相談した相手を間違ったと悔やんでいたよ」


「亡くなられたんですか」


「うん。心労がたたったんだろうね。将来、みんなのためになるロボットを作りたいっていう昇太のことを、本当にうれしそうに喋っていたんだが……うまくいかないもんだな」


「そうだったのか。昇太も、色々あったんだな」


 俺が声をかけると昇太はラーメンを食べる箸を止め、俯いた。


「一時期は昇太も随分落ち込んで、学校でもいじめられたみたいだな。たまたま、お婆ちゃんが通っていた歯医者の先生からロボットのバトル大会があるって聞いて、それからは元気になったようだが……昇太、ごめんな。思い出したくない話をしちまって」


 昇太は俯いたまま、かぶりを振った。俺の頭の中でいくつかの言葉が飛び交い始めた。


「まあ、うちの重機を動かせるんだから……おっと、これは言っちゃまずかったか。子供向けのロボット大会ぐらいなら、楽々優勝だろうよ、なあ、昇太?」


 男が言うと昇太は顔を上げ「そう簡単にはいかないんだ」と難しい表情を作った。


「重機は子供でもお年寄りでも動かせるけど、ロボットはそうはいかないよ。アイディアがたくさんあって、お金を持ってるやつが強いんだ」


「まあ、そうかもしれないな。俺たちは金がない分、アイディアで勝負だ。……そうだろ?」


 俺が言うと、昇太は力強く頷いた。男が「いいぞ昇太、その意気だ」と豪快に笑った。


 食堂を出ると昇太がふいに足を止め、俺の方を向いた。


「……あのさ、ここだけの話だけど。重機を運転したってことは内緒にしといてくれる?」


 俺は「わかった」と言い「一緒にいたのが俺でラッキーだったと思えよ」と付け加えた。


             〈第十五話に続く〉

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