第41話 第三話『奇妙な事実』第十三回


「なるほど、それで取り調べに協力してきたってわけか」


 柳原が愉快そうに言った。俺は「そうだ」と力なく返すとカウンターの上に突っ伏した。


「まあ、そう気を落とすな。ゲンさんだって別にあんたが憎いわけじゃない。あの人はそういう人なんだ。根っからの刑事って奴だ」


「それはわかってるさ。あの商売をしていれば、真面目な奴もいい加減な奴もみんな、刑事の顔になっちまう」


「あんたも思い出してきたんじゃないのか、懐かしい匂いを」


「懐かしくはないが、記憶のどこかを刺激されたのは事実だ。取り調べの奴が俺に向けていたのと同じような目を、かつて俺もしていたんだろうってな」


「そういうことだな。疑わしい奴はとことん疑うのが俺たちの流儀だ。その点で言うと、おそらくあんたはこのあたりで最も怪しい奴だろうな。ぶち込まれなかっただけでも感謝しなきゃ」


 俺は柳原に『舌男』の事を話してやりたい誘惑にかられた。あいつに比べれば俺などおとなしいものだ。もっとも、話したところで受け狙いの作り話と思われるだろうが。


「怪しいと言えば例の連続殺人の容疑者、佐倉美苗の共犯者が浮かんできたらしい。大学生だっていう話だが、問題は一件を除いてアリバイがあるってことだ。その一件とそいつとの繋がりがまだわからないって話だ」


「つまり美苗と若い恋人が共謀して、夫を殺害したと見られているわけだ」


 やはり警察は陽人にたどりついていたか。俺は被害者の背景を思い浮かべた。美苗および陽人に直接、関係があるのは布施と代議士、そして大学教授だ。つまり、弁護士殺害の時期にだけ、アリバイがないということだ。


「さて、この事実からお前なら何を想像する?」


「……犯行を実行した者が複数であるなら……交換殺人だな」


「ご明察。捜査本部もその線で調べているらしい。つまり、弁護士が容疑者の誰とつながっているかだ。それがわからないと、事件が一本の線でつながって来ない」


 柳原は忌々しげな口調で言った。捜査担当でなくとも、事件の奇妙さが気になって仕方がないのだろう。

 妻と愛人による夫殺しの方は構図が完成している。しかし、この単純な殺害事件と四件の連続殺人事件とをつなげるピースが不足しているのだ。あるいは医師殺しと残り三件の殺人……つまり『サスペンデッド・フォー』とは関係がないのだろうか?


「犯人の絶対数が足りないって感じだな」柳原はそういうと肩をすくめて見せた。


                  ※


 エアーズ・ロックを背景にした写真の中央で、青年はにこやかに笑っていた。


「こりゃあ、できすぎだぜ」俺は腕組みをして唸った。


 布施のホームページが陽人のブログとリンクしていることに気づいたのは、エリカの話を聞いた翌日だった。内容は主に、医学の勉強の大変さを綴る日記のような物だった。


 その中で、陽人は九月のはじめから一週間ほどオーストラリアに旅行に行ったことを綴っていた。長期の実習が終わったので、遅めの夏休みのつもりで行ってきたのだという。


 そのこと自体はどうでもいい。問題は、同じ時期に『サスペンデッド・フォー』による犯行が行われているという点だった。

 陽人が日本を発ったのは、第一の殺人が行われた直後だった。つまり最初の殺人には関与している可能性があるものの、残り三件の殺人には実行犯としての関与は不可能ということだ。


 一つ目の死体はともかく、残り三つの死体を木の枝にぶら下げたのは少なくとも陽人ではないという事になる。


 二件目以降の殺人は、美苗という事なのか?木の枝に死体を吊るしたのも?


 どうにもイメージがしっくりこず、俺は舌打ちをして天井を見上げた。

 事件そのものが陽人と美苗の共謀によるものだったとすれば、一応の絵柄は完成する。しかし、それではどこか不自然な気がする。なぜなのか……


 そこまで考えた時、入り口の引き戸を開ける音がした。俺はカウンターから身を乗り出した。戸口の所に立っていたのは予想外の顔だった。


「文枝さん……昇太」


「こんな夜分にすみません。昇太がどうしても泉下さんのお店に行ってみたいって……」


 文枝は深々と頭を下げた。


「イズミ、聞いてよ。陽人兄ちゃんが次のロボコロに来られないかもしれないんだ」


「陽人君が?」昇太の必死なまなざしに俺は嫌な予感を覚えた。


「なんかの事件で、警察に疑われてるんだって。しばらく会えないかもしれないって昨日、メールが来たんだ。大会は来週だし、この前、イズミに話した秘密兵器もまだつけてないし、困ってるんだ」


 俺は太い息を吐いた。やはり、捜査の手は陽人に伸びてきていたのだ。美苗と陽人の繋がりに誰かが気付けば、こうなるのは当然だろう。


「陽人君は専門家だもんな。こりゃあ問題だ。……しょうがない、俺で良ければその、秘密兵器作りの続きを手伝ってやるぜ」


「本当?助かったよ、イズミ!」


「ただ、俺はロボットを作った経験なんてない。お前がボスで、俺は助手だ。いいな?」


「わかったよ。それじゃあ、これを覚えといて。日曜日には完成したいんだ」


 昇太はバッグから数枚の書類を取り出し、カウンターの上に置いた。大会に出場させるロボットの設計図だった。子供の扱うロボットとはいえ、本格的な図面だった。


「うーん、こりゃあ大変そうだ。……よし、うちの工房を使うか」


「コーボー?」


「楽器を修理したりするのに使う部屋だよ。一応、工具もそろってるし、お前の部屋よりは作業も早く進むだろう。どうだ?」


「うん、わかった。じゃあ必要なものを全部、持ってくるよ。……ばあちゃん、車、出せる?」


「しょうがないわね。でも、車を置ける場所があるのかしら?」


「従業員用の駐車場に一台分、空きがありますから、そこに停めてください」


 俺が答えると、文枝は「本当にごめんなさい、わがままな子で……」と頭を下げた。


「いえ、ロボットは俺も好きですから。それに、男には逃げちゃいけない戦いってのがあるんですよ。……な、昇太?」


「うん。今度こそ、絶対決勝で『ギャラクシーZ』を倒すんだっ」


 昇太は両手で握りこぶしを作ると、力強い口調で言った。


 俺は何の気なしに設計図に目を落とした。背面図に一部、書き替えられた跡があった。どうやらここに秘密兵器を取り付けるらしい。どの程度の作業量だろう。漠然と眺めていると、出入り口の戸が開く音が聞こえた。


「ゾン……あっ」


 立っていたのは、凉歌だった。親子連れという意外な客層に一瞬、首をかしげて見せたものの、ほどなく客の一人が文枝と気づき、興味深げな顔つきになった。


「あ……ええと、こんばんは」


 涼歌は文枝に歩み寄ると、にっこりとほほ笑んでみせた。


「こんばんは、生原さん。先日は素敵な歌をありがとうございました。もしよかったらまた、聞かせてくださいね。では、私たちはこれで……」


 文枝は昇太を促すと、店の外に姿を消した。


「昇太君、可愛いわね」凉歌がカウンターに肘をついて言った。


 俺は「ふふん」と鼻を鳴らすと「俺の、生まれて初めての相棒だ」と付け加えた。


「相棒?」


「ああ。一緒に戦う相方がいるっていうのも、意外といいもんだな」


「生まれて初めての相棒、か。ふうん」


 涼歌はなぜか不機嫌そうにそっぽを向いた。やれやれ、一体何が気に障ったのだろう。


「今日は何を買いに来たんだ?」


「なによその態度。お客じゃなかったら来ちゃいけないの?」


 涼歌は不服そうに口を尖らせると、バッグから何かを取り出し、カウンターの上に置いた。先日、置いて行った人形の女の子版のようだった。


「なんだこりゃ」


「お嫁さん。一人じゃ寂しいと思って」


「おいおい、俺が寂しいと思って友達を連れて来てくれたんだろう。カップルになったら、また俺が取り残されるじゃないか」


「いいじゃない。ゾンディーは夫の親友ってことで。……ただし、親友の奥さんと間違いなんておこしちゃ駄目よ」


 涼歌はわざとらしくまなじりを吊り上げて見せた。高校生が、何を言ってるんだか。


「馬鹿な事いうんじゃない。ドラマの観過ぎだ」 


「わかんないわよ。いい関係のように見えても、心の奥ではすれ違ってるかもしれない」


 心の奥で……俺はふと想像を巡らせた。事件に関する新たな絵柄が生まれつつあった。


             〈第十四話に続く〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る