第三話 些細な協力です
「この馬鹿犬は雑魚もいいところで、ごくたまにこちらの世界に紛れ込んでくる野良魔物です。一ヶ月後に復活すると読まれている魔王の僕達や魔王はもっと強力な魔物です」
尋は楽しげにそう説明した。
息一つ乱しておらず、汗をかいた様子もない。
あれほどの騒ぎを起こしたにも関わらず、タフなのかそれ程の運動量ではないのか、ともかく尋は涼しげな様子だった。
「あれが雑魚、ですか」
「雑魚も雑魚。野良犬みたいなものですよ」
先程の紫の獣の額にはお札が貼られている。大きさは子犬ほどになり、尋の膝の上でぐったりとしている。
その紫の犬を撫でながら尋は言った。
「というわけで話を元に戻しますが、」
「はぁ」
「これ以上の魔物がここから一ヶ月ぽこぽこ出てくる訳ですよ、この辺り一帯にね。迷惑な話でしょう? ですから、奴らが入ってこないように早めに手を打ちたいんです。ご理解頂けますか?」
尋の言っている事は簡潔で、疑問を挟む余地はない。
魔王復活という、前提条件さえおかしくなかったら。
「……よく分かりました。こちらとしても出来る事があるなら協力しましょう」
「大佐っ!?」
タチアナが非難めいた声を上げたが、無視してアルフレッドは話しを続けた。
「ただ理解して頂きたいのは、私は一介の大佐に過ぎないということです。私としてはできる限りを尽くしますが、本格的なことは本国に一度報告してからでないと――」
「構いませんよ。できる限り、こちらに手を出さないで頂ければそれで十分です」
「はぁ……」
尋の妥協しているのか、それとも元から期待していないのか良く分からない返答にアルフレッドはまた、生返事を返してしまった。
しかし尋は全く気に留めず、話を続けた。
「話がうまくまとまった所で、見て頂きたいものがあります」
腰のポシェットからお札を一枚取り出し、尋は息を吹きかける。
と。
机の上にこの地域の色鮮やかな地図が広がる。山や河の凹凸や色まで再現された精密な地図。
その地図の上に黒いもじゃもじゃの落書きがあった。その周辺には同じく落書きじみた線人形が無数に並んでいる。
「これが魔王です。今から四週間後の二十三日に復活すると読まれています。で、その周辺にいるのは魔王の僕達。三週間後に復活すると読まれてます。ね、時間なんてないでしょう?」
「これが、魔王……ですか」
「あくまでイメージですけど」
アルフレッドはまじまじと地図とその上の落書きを見る。
魔王のイメージ。
昔は良くやったゲームに出てくる魔王は美形と相場が決まっていた。
絶世の美形が一度勇者に敗れると途端に醜悪な化け物に姿を変えるのは同じ男として、胸がすっとするざまーみろ的な心情と、なんかこう切ないやるせなさを覚えたものだった。
だがこのもじゃもじゃはどうだ?
しかしこれこそが力の権化、魔族の王の姿なのかもしれない。
どれといった姿にも当てはまらず、ただあるだけ。
ただ蠢いている。
「落書きみたいな奴らなんですね」
率直な感想を口にすると、尋の顔が少しひくついた。
「……それは、あくまでイメージ画像です。実際の物とは異なる場合があります」
失言だったか。
どこが尋のかんに障ったのかアルフレッドには見当もつかなかった。
「は、ああ、それは失礼しました」
「謝られる事ではありませんけど……まあともかく、そう言うわけで、我々は今から準備を始めます。少し貴方方の領地を侵す事になるとは思いますが、手は出さないでくださいね」
無茶な事を言いながらも、にっこりと微笑み尋は可愛かった。
戦場に咲く一輪の花、のような儚げさは微塵もないが、華やかさはあった。
共和国軍に女性が居ない訳ではない。むしろ民主化が進み、男女平等が謳われて長い。女性士官の数は半々ぐらい、一般兵は圧倒的に男性が多いものの、後方支援の兵には女性が多く任に就いている。
だがしかし、アルフレッドはこれまでこんな華やかさを持った女性を見た事がなかった。
顔が整っているだけではない。それだけならば後ろに控えるタチアナだっていい線をいっている。しかしタチアナには、いやこれまで会った女性の誰にも感じた事のない華やかさをアルフレッドは感じていた。
「こほん!」
誰かのわざとらしい咳でアルフレッドは我に返った。
「! あー、えー、さっきも言った通り、私はここの総司令ではあるが雇われママみたいなものでして、」
「ケッヒ大佐?」
冷ややかなタチアナの声。
またもや失言か。
尋を窺うと、尋はくすくす笑っていた。
自分の表現を気に入ってくれたようだ。ほっとする。
「あー、なんと言うのかな? まあともかく私にはそのような権限はない。確約はできかねるが……」
「では見て見ぬ振りで結構です」
言い淀むと、尋はあっさりと無茶な事を言い切った。
しかし、できない事はない。
「……まあ、それぐらいなら」
領土侵犯は流石に見過ごせないが、見回りが手薄になる時間帯を狙ってこそこそとやってくれるなら、譲歩してもいい。
「大佐!?」
タチアナが声を荒げた。
当然か。
タチアナのように真面目な軍人には敵の言いなりともいえる、その状況は許せないだろう。職務怠慢とも言われそうだ。
「と、言いたい所だが我々も話し合う時間が欲しい。なにぶん急な事で正直戸惑っている。無用な混乱は避けるべきだろう? すまないがこちらも時間が欲しい」
「……ま、それもそうですね」
深く肯き、子犬を抱いたまま尋は席を立った。
「ですが時間が無いのもお忘れなく。我々は既に準備を始めてます。その邪魔だけは、なさらないように」
宣戦布告ともとれるやや挑発的な物言いさえ、アルフレッドの耳には気軽なお誘いの挨拶に聞こえた。
一緒に如何ですか? とでも言うような。
「肝に銘じておこう」
「よろしくお願いしますね」
極上の笑顔と共に、有無を言わせぬ圧力をかけられた。
しかしそれすらも不快に感じない。
感じない自分がおかしいのか、それとも感じさせない尋がすごいのか。
ぼんやりと尋の輝くばかりの笑顔を眺めながら、アルフレッドは胸がときめくのを押さえきれなかった。
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